11日:君をあいする一番の方法


なまえはぱらりと旅行雑誌のページを捲った。
食堂でまるで実家にいるようなくつろぎようで、当然のように片手にはカレーパンを持っている。
なまえは明日から五日間夏の長期休みを貰っていた。
特にやることもないし旅にでも出るかと思い、去年買った雑誌を久しぶりに開いていた。

「どこか行くのか」
「……」
「ん?」

なまえはバレないように溜息を吐いてから、いつも通りに「去年買った水着、結局着ずにしまってありますから」と質問の答えとはややずれたことを答えた。ふざけているわけでも煙に巻こうとしているわけでもなく、なまえにしてみればこれが大黒からの質問の答えなのである。

「となると、海かプールか?」
「去年は、海の予定でしたね」

無遠慮になまえの隣に座る大黒だが、流石にこの一言にはぐっと押し黙った。去年の予定は予定のままで終わった。理由は一つしかない。
遊び倒すか、と盛り上がっていた。海に行って、旅館でゆっくりして、海辺を散歩して、特にプランは定めずに、一緒に過ごそうと話をしていた。その時見つけたカフェなんかに入って、最終日の夜は東京皇国で一番のレストランに行ってやろう、とそういう話をしていたのを思い出す。

「そうだな。先日は悪いことをしたし、そのお詫びに俺が付き添おう」
「……え?」
「安心しろ。費用は全部俺持ちだ」
「いえ、むしろ、」

お金払うから来ないでくれ、と言う言葉を飲みこんでしまった。これが言えていればなまえはこうも大黒に付き纏われてはいない。お詫び、というより、しかえしなのでは、となまえは大黒と目を合わせる。

「俺は君を襲ったりしないしな」
「当たり前です、そんなことより」
「行こう」
「い、やです」
「嫌は傷付くな」
「行きません」
「ならそれでもいい。俺は君が行くところについていくだけだ」
「なにもよくないですよ」
「そうか?」

にっこりと、お得意の人を五六人飲み込んだような笑顔をしていたはずだ。今は違う。「俺は楽しいと思うが」などと言う大黒は普通の人がするように目を細めて、穏やかすぎる笑顔を作っている。その笑顔からは、好意以外のなにも感じ取ることができなくてなまえは息を飲む。
言葉が出ない。一年前からこの男が苦手だ。

「一年前の明日の為に用意したものが全て無駄になるのは、勿体ないだろう?」

言葉が、出ない。

「そうと決まれば」

何も決まっていない。大黒はがたりと立ち上がる。「あ、」上手く言葉が出ない。こういう時、なまえはいつも黙り込んで考えてしまう。後から思い返すと何を考えていたのかわからないことが多いのだけれど、とにかく、どうするべきなのかわからない。怒って喚いて拒絶することに、果たして意味はあるのか?

「明日の十時に迎えに行く」

来ると言ったら来るのだろう、八月十一日、なまえは結局何も言えずに、大黒の背を見送った。


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20200811

 

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