9日:君をあいする一番の方法


優一郎黒野の家に行くと、カレーを煮込む匂いがしていた。
彼となまえは同期であり、お互いに数少ない友人の一人である。どうしてそうなったのかは忘れてしまったのだが、気付くと同じような仕事を抱えていたり、面倒な上司に振り回されていたりと境遇が似ていたからだろうか、顔を合わせると親しく話をするようになった。
今日は、なまえが「頼みがあるんだけど」と黒野の家にやってきた。
手には、昨日大黒が持って来た紙袋。中身は海を閉じ込めたビンである。

「まずはカレーでもどうだ」
「ありがとう」

いただきます、と具がどろどろに溶けたカレーを食べて、黒野が作ったらしい麦茶を一杯飲み干した。
「ごちそうさま。食器どうする?」黒野は何が面白いのかカレーを食べるなまえの姿を観察していた。声をかけられて驚くでもなく「食洗器に放り込んでおいてくれ」と台所の方を指さした。「わかった」

「それで、今日はどうした」
「私が持って来たプリンあるでしょ。あれ、一緒に食べて欲しいと思って」
「誰かに貰ったのか」
「大黒部長に」
「部長」

「その顔どうやってやるの」となまえは笑いながら、冷蔵庫に入っているプリンを二つテーブルに持って来る。箱に入っていた使い捨てのスプーンも一緒にして、一つは黒野、一つはなまえの目の前に置いた。

「俺が食べたのがバレたら面倒だろうな」
「バレない様にがんばるよ」
「そこは絶対にバレないと言い切ってくれ」

黒野はばき、となんだかおかしな音を立ててビンの蓋を開け、昨日のなまえのようにそのやや独特な香りに鼻をひくつかせた。

「変な匂いがするな」
「そこまではわかるんだけどね」

スプーンのビニールを可哀そうなくらいに破いて黒野はその可愛らしい海を割る。するするとスプーンが入っていくのが面白かったのか、何度かそれだけを繰り返していた。「とりあえず普通に食べてみて感想を教えて欲しいのに」となまえが言うと黒野は「俺に頼めば当然こうなる」と鼻を鳴らした。

「どう? これ、どんな味がするの」
「あれだな、青い部分は、なんだ? 青いかき氷と同じ味がする。中に入ってる星型のこれは南国系の果物の味がするな。プリンはまあ、別段コメントすることもないが。甘すぎない。いや、少ししょっぱいか。塩が入っているんだろう」
「へえ」

なまえも黒野と同じようにして食べてみる。食感の違う二つのものが口の中で混ざり合っている。ゼリーの方がやや冷たく感じる。プリンはかなりなめらかで、溶けるようになくなった。こく、と最終的には濃厚なスープでも飲むように飲み込んだ。

「……うん」
「感想を言うのか? 大黒部長に?」
「言わないと思う。また何か持って来られても困るし。ただ単純に気になって」
「部長に迷惑だって言ったらどうだ」
「言ってる、つもりなんだけど」
「まあ、お前が部長の私財を搾り取るだけ搾り取って失脚させてくれるならそれはそれで愉快な話だ」

「それに、」と黒野は続ける。

「味のわからないお前にせっせと高い食べ物を貢ぐ部長は面白い」

八月九日、なまえはビンの中に残っている海を見つめて黒野にさえ聞こえない声で「ごめんなさい」と目を伏せた。
ごめんなさい。
なにもわかってあげられなくて。


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20200809

 

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