8日:君をあいする一番の方法


「本当に来た」という顔をしていた。なまえはゆるりとした部屋着で大黒が持って来た紙袋を受け取った。ずっしりと重量がある。
ここへ来たのははじめてではないが、相変わらずセキュリティも何もあったものではないアパートだ。インターホンを押すとなまえは比較的すぐに出たが「おはよう」とにっこり笑う大黒を見ると数秒固まった。歓迎されていないことはすぐにわかる。ついでに意識もされていない。寝ぐせのついた髪のままで出迎えられて、玄関先で目的のものだけを渡す。
コーヒーの一杯でも飲ませて貰おうと思っていたが、なまえは冗談でも「少し上がっていきますか」なんて言いそうな感じではない。
必死に普段通りの顔を保っている、という風だ。
少しでも気を抜いたら大黒の目を憚らず嫌悪感を露わにしてしまう、と、思っているようだった。

「とりあえず、だが」
「はい」
「反応が見たい。開けてみてくれ」
「……はい」

色々と言いたいことはあるが、大人しく従っておくべきだと判断したなまえは、言われた通りに箱を取り出した。中のものがぶつかり合ったのだろう。カチ、と小さく音がした。
昨日のマカロンはなかなかに好感触だった。チョコ、マカロンと渡した時のなまえの行動パターンを見ていると、味、というよりは見た目や匂いなんかを重視していることがわかった。もしかしたら、食感が楽しめるようなものも好きなのかもしれない、と予測している。
なまえが箱の中から一つ、ビンを取り出した。

「……プリン、ですか?」
「プリンだな」

なまえの目が、一瞬、きらりと輝いたのを確かに見た。
瓶の中身の下半分程は白乳色のプリン、上半分は深い青色のゼリーが乗っている。ゼリーの中にも何かきらきらしたものが入っている。なまえはそうするのが良いと考えたのだろう、やや視線よりも上に瓶を持ち上げて、真夏の太陽にそれを翳した。
なまえがぽつり、という。

「きれい……」

大黒はなまえの前だというのに拳を握ってぐっとポーズを決めそうになった。
ここ数日、なんとか気を引こうと色々と用意してきたが、なまえがプラスの言葉を自発的に言ったのははじめてだ。誘導して美味いと言わせたわけでもなければ、適当に褒めたという風でもない。
なまえはかぱり、と瓶の蓋を開いて、これは癖なのだろうか、すん、と香りを確かめている。商品の煽り文句としては、昔あったとされる海、南国のリゾート地をイメージした香りだそうだ。「ふ、」

「海のにおいがする」

これはここがなまえの家だからだろうか。彼女は会社に居る時よりリラックスした様子であった。笑っている、というにはあまりに微かな表情の変化だが、なんとなく、許されたような気分になった。

「海が好きか?」

大黒が問うと、なまえは瓶を箱の中に仕舞いながら「そうですね」と頷いた。きっと、そうなんだと思います。自分でも今初めて知った、と続きそうだった。

「そうか」
「はい」
「確かに君には、海が似合うな」

なまえは目を見開いて少し驚いた風だった。どうして驚いたのかは言わないまま、なまえはすぐ元の表情に戻って「はい」と言った。
八月八日、コーヒー一杯よりも良い物を見てしまった。土曜日だというのに発生してしまったこのあとの面倒事は必ずさらりと片付けられるだろう。
なまえがどう思ったにせよ、来てよかった、と大黒は思った。


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20200808

 

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