「光栄です」/大黒


「浴衣が似合う男の人は好きですね! 是非エスコートさせて頂きたい!」と言ったのは誰だったか。「君が言ったんだぞ?」誰か嘘だと言ってくれ。



「どうだ? なかなかいいだろう?」

発端は飲み会だったか食堂で小さく開かれた女子会だったか。いや、黒野に聞かれたんだったか私は本当に覚えていない。
けれど、確かに私が言いそうなことではある。いや、それは言うだろう。人は誰しも理想や夢を口にする。そしてそれらには、必ずしも期待が込められている訳では無い。実際町で浴衣の似合うイケメンに出会ったとして「失礼ですが、エスコートさせて貰っても?」などと言いに行ったら不審者だ。「今日、浅草の方で祭りがあるだろう?」と大黒部長は得意気にしている。「あ、はい」だからなんだ。などと言う度胸はない。

「それで?」
「いや、それでって、言われても、ですよ」
「まあ。悪くないのはわかっているんだが」
「あ、はい、おっしゃる通りで」

私はかくかくと頭を上下に振って頷いた。どうして私は今まさに帰ろうと言うこの瞬間に、浴衣姿の大黒部長と出くわさなければならなかったのだろう。浴衣姿の大黒部長。もう一度言おう、浴衣姿の大黒部長だ。
ちなみに私はスーツである。こんな真夏にジャケットまで着たクソ真面目スタイルとなっている。

「ふむ。君の本気はそんなものでは無いはずだ。具体的な褒め言葉の二つや三つ余裕だろう?」

報酬次第ですね、という言葉を飲み込み私は考える。
暫くじっと大黒部長を凝視した後、ぴ、と指を立てて極めて真面目な顔で言う。

「色のチョイスが上手いですね、普段のスーツとあんまり色合いが変わらないから違和感がないです」
「それから?」
「黒髪黒目ってのもいいんでしょうね。流石原国の民族衣装。全体としてもいい感じです」
「ほう?」
「これは褒め言葉なんですけどその撫で肩もいいんじゃないですか? 浴衣着るには最高の体つきなのでは?」
「……」
「柄の効果、いや、もともとの線の細さ、かな? ここまで浴衣を着こなす人そうそういないですよ。(口元が見えなければ)はんなりってのはこういう感じかもしれません」
「…………」
「あ、肌が白いのもいいコントラスト、な気がしますね。袖から出てる手首とかちょっとぎょっとするくらい良いですよ」

「わかった。もういい」と大黒部長は片手で顔を覆い、もう片方の手でひらひらと手を振って私の言葉をストップさせた。まだがんばれたが、納得してくれて良かった。
部長はしばらくそうしていたが、そのうち復活してにこりと微笑みながら「つまり?」と首を傾げた。

「つ、つまり?」
「ああ。君の言葉を一言にまとめるとどうなる?」
「え、いや、たいへん、よく、お似合いです……?」
「疑問形なのが気に入らない。やり直せ」
「大変よくお似合いです、部長!」
「だろう?」

大黒部長は格好に合わせてだろうか、ゆるりと帯に手をひっかけて、絡みとるように言う。

「条件は満たした。俺をエスコートしてくれるよな?」

大黒部長がそう言い終わるのと、私が両腕を同僚の女子社員に掴まれるのは同時だった。「ごめんね、なまえ、恨まないでね」と言う二人からは甘い匂いがした。絶対なんらかの甘味で釣られている。なんてことだ。

「えっ、え?」
「手早く頼むぞ、時間が勿体ない」

イエスボス、と答えているのは私ではない。私は「いや、あの、拒否権、」「なまえ、今年は可愛い浴衣が着たいって言ってたでしょ」「大丈夫。私達がしっかり選んでおいたから」費用は全て部長持ちだそうだ。

「職権乱用……」
「失礼な! 正真正銘デートの誘いだ!」

私は同僚二人の手により仕事終わりとは思えないくらい綺麗にされて、結局ご機嫌で部長とお祭りに行った。全部奢りだったし、いい思いはした訳だが、今後迂闊なことは言わないようにしようと心に決めた。
高い焼肉を奢ってくれるって言われても、部長にはついて行かない。
たぶん。


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20200804

 

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