4日:君をあいする一番の方法


食堂で一人、カレーパンを齧るなまえの隣に座り、大黒は一つ提案する。

「一口くれないか」
「……はい、どうぞ」

なまえは何故か手に持っているカレーパンではなく、その後噛んでいるというミントを鞄から出した。どう考えてもそのカレーパンを一口寄越せと言っていると判断できるはずなのに、これは遠回しに嫌だと言われているのだろうか。
大黒は一応「カレーパンの方だ」と言う。なまえは微かに目を見張って「ああ」と頷いた。

「どうぞ」

なまえは鞄から二つ目のカレーパンを引っ張りだして大黒に手渡す。大黒はそのなまえが齧っている方を一口貰えたならそれでよかったのだけれど、それを言うとまたなんとも言えない無表情に戻ってしまいそうで言い出すことはできなかった。
自覚があるかないかはわからないが、カレーパンを食べているなまえはやや穏やかな顔をしている。無論表情には乏しいが、それでも普段よりは柔らかい気配をさせている。食べているものは凶器だが。

「ありがとう」

なにも一つ丸ごとくれることはないのだが、くれるというのなら貰っておいて、カレーパンの礼だとかなんとか言って他のなにかを貢ぐ口実にしてしまえばいい。

「それにしても、なんで二つも持ってるんだ」
「食べますので」
「それはそうなんだろうが」
「……今日はたまたまです。本当は朝食べようと思ったんですが、時間がなくて」

違うパンにしないのか、という質問に「これがいいんです」と、なまえは何度もしたであろうやりとりを面倒臭がらずに繰り返した。
どうにも他にも理由がありそうだ、と大黒は考えているのだが、未だにその他の理由は掴めない。去年死んだ恋人が辛い物好きだった、という話は聞かないし、ましてそいつが毎日カレーパンを食べていた、ということもない。どちらかというとミーハーで、新しいものを色々と試したがるような奴であったと記憶している。

「そうか」

言いながらカレーパンを齧り、椅子から転がり落ちそうになった。なまえはウォーターサーバーまで歩いて行って、紙コップに水を入れて帰って来た。

「辛いですよ」
「知っていたが、なんだこれは」
「カレーパンです」
「嘘だろう?」
「カレーパンですよ」

ごほごほとむせながら、なまえの持って来た水を受け取る。コップ一杯飲み干して、ようやく落ち着いた。

「よく平気で食べていられるな」
「まあ、口の中痛くはなります」
「だろうな。君はなんだ? マゾなのか?」
「それを言うとわかっててわざわざ丸々一つ受け取った部長もマゾですよ」
「まさかここまでとはな……」

なまえは涼しい顔をしてカレーパンを食べ進めている。こんなもの食えるか、と捨ててしまうのは簡単だが、なまえの目が試す様にこちらを見ている。やってやろうじゃないか。とどかりと座り直して一気に半分ぐらいを口に入れ、辛さを感じる前に水で飲み下す。

「辛い」
「そうですね、辛いです」

八月四日、彼女のことを理解するための行動で、より彼女の事がわからなくなった。


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20200804

 

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