3日:君をあいする一番の方法


朝、職場に来るとまずなにから片付けるべきか一日の予定を決める。メールのチェックからはじめて、書類を作る。何事もなければ昼までに全て作り終えるだろう。そして昼の休憩時間を過ぎたら書類の提出に行こうと思う。昼の休憩時間が終わってすぐは、皆自分のデスクにいてくれる可能性が高いからだ。その後は会議に書記、まとめ役として呼ばれており、その会議が無駄に長引かなければ久しぶりに定時に帰れそうである。

「おはよう。調子はどうだ」

今日の予定を作成し終えたなまえは突如背後から声を掛けられびくりと震える。驚きはしたがこんなことをする人間は限られている。

「大黒部長」
「ああ」
「おはようございます」
「挨拶は大事だな」

一体なにが面白かったのか、彼は愉快そうにくっくと笑った。
本日なまえの隣の席の社員は休みであるらしい。大黒は、隣の席から椅子を引いて来てなまえの隣に腰を下ろす。なまえは内心でぎょっとするけれど、それが表情に出ることはなかった。
大黒は肘をデスクに乗せて、手のひらに頭を預け、覗き込むようになまえを見る。彼は大抵そうだけれど、口元を大袈裟なくらいゆがめている。そこまでしなくても笑っていることはわかる、となまえはよく思う。
数秒の間そうして見つめ合っていたが、なまえが先に目を逸らしてぼんやりとデスクトップの画面を見つめた。大黒はまだなまえを見ている。

「君は、何と言うか」

さら、となまえの髪が頬に落ちて来た。

「とても綺麗な顔をしているな」

なまえは、きい、と椅子を回してもう一度大黒と向き合う。「それは」

「セクハラですよ」
「そうなのか? 褒めたんだが」
「セクハラです」
「それは悪かった」

「難しいな」ここでようやく大黒はなまえから視線を外してじっと考えるような仕草をした。「これが駄目ならあとはなんだ」「食事、には関心がなさそうだな」何やらぶつぶつと呟きながら、腰を上げる様子はない。もうすぐ始業時間だ。

「なあ、なまえ」
「はい」
「君、カレーパン以外に好きなものはないのか」
「辛いものは好きです」
「そうか。他には」

「例えば、好きな芸能人だとか」と言われて最近見たテレビ番組を順番に思い出していく。この人の熱烈なファンである、というのはない。「好きな芸能人……」と自分で言葉にもしてみるが、なかなかヒットしない。面白い人は好きだ。「ああ」そういえば最近少しだけ気になる人がいる。

「いるのか?」
「名前忘れちゃいました。けど、面白いひとだと思ったはずです」
「面白い、か」
「はい」
「そいつのどこを面白いと思ったんだ」

顔か、声か、それとも芝居が上手いのか。君はどこをみて関心を持ったんだ。と大黒は詰め寄るような話方をした。なまえは相変わらず、どこに気持ちがあるやらわからない無表情で言う。

「今、一番欲しいものを聞かれて、しいたけ栽培セットだって答えるようなところです」

「……」お互いに目を合わせたままじっと黙っていた。が、今度は大黒が先に動いた。「そうか!」とにっこり笑った後、目線を逸らした。「……マズイ。全くわからん」「どこがどうなまえの琴線に引っかかったんだ?」始業時間を知らせる音楽が始まったので大黒は渋々立ち上がった。

「邪魔して悪かったな、なまえ」

なまえはぺこりと頭を下げる。
八月三日、大黒がいつになく難しい顔をしてオフィスを歩きまわる姿が数度、目撃された。


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20200803

 

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