誤字のチェックは入念に/大黒


お疲れ様です、みょうじです。
経理へ提出する書類、作成終わりましたので連絡させて頂きました。添付ファイルにまとめて入っておりますのでご確認お願い致します。
と、メールを打って送った。
はずだった。



「おはよう」
「お、おはようございます……?」

何だこれは。私はさっぱり分からなくて思わず後ろを振り返った。後ろにあるのは私の家だ。なぜ私の家の前に部長がいるのか。誰か教えてくれ。
私が困惑しているのをいい事に部長は私の腕を掴んで車の助手席に放り込んだ。

「ひ、人攫い……?」
「ハッハッハ! 面白い冗談だな」
「じゃあ、私はとうとう東京湾に沈められるんですか?」
「何かやったのか?」
「思い当たらないから困ってます」

そうだろう、お前は優秀だ。と大黒部長はさらりと私を褒めた。恐ろしい。一体何が起きているのだろう。じっと運転する横顔を見ているが何を考えているのかぜんぜん、これっぽっちも分からない。

「なまえ」
「はい!?」
「俺の顔に何かついてるか」
「イイエ!? いつも通りの顔されてますよ!」
「そうか。ところでなまえ。俺は今手が離せなくてな。袖のボタンをとめてくれるか?」

と、大黒部長は私に左腕を差し出した。見れば、確かにジャケットの下に来ているシャツのボタンが外れている。このくらい自分で出来そうなものだが、私は「はい」と大人しくボタンをとめた。

「ああ、悪いな」
「え」

言いながら、大黒部長は私の右手の手首を掴んで、自分の左腿の上に乗せた。その上から、大黒部長の左手に縫い付けられていて、手が引けない。「えっ?」「くすぐったいからあまり動かすな」と言ったのは聞こえたがならば離してくれないだろうか?

「あの?」
「どうした」
「これはなんですか?」
「わからないか? 手を繋いでいる」

その間、部長は右手だけで運転している。それはいいのだが、私の右手を好き勝手触る部長の手が少し怖い。

「あ、セクハラ……?」
「何を言うか。かなり純情なふれあいだ」
「はあ、何故その純情なふれあいを私とするんで?」
「当然、絆を深めるためだ」
「訴えられますよ……?」
「後部座席に俺のスマホがあるだろう。メールの履歴を見てみろ」
「メールの履歴?」

手を解放して貰えたので言われた通りにする。メールの履歴。メール。最近のメールの履歴に一つだけ星がつけられているものがあった。私からのメールである。内容は書類の確認願いだ。

「これが?」
「よく見てみろ」
「?」

私は昨日送ったそのメールをもう一度しっかりと読む。大した量では無いのですぐだ。ええと、タイトルは経理への書類について、本文は……。

お疲れ様です、みょうじです。
経理へ提出する書類、作成終わりましたので連絡させて頂すきました。添付ファイルにまとめて入っておりますのでご確認お願い致します。

「……なんか、変な誤字が、」
「告白しただろう、俺に」
「いや、これ明らかにただの、」
「俺も好きだ。となれば」
「待って下さいこれは事故、」
「そうだな。恋は事故のようなものだな。という訳で付き合っているんだ。俺たちは」
「誤字」
「五時? 定時に帰ってどこか行こうという誘いか? いいだろう。どこに行く?」
「違いますこれは何もかも間違いで」
「せっかく二人きりなんだ。もう一度手を貸してくれ」
「……」
「貸せ」

にこり、と笑われて私は恐怖のあまり手を差し出した。一緒に出社したことにより噂は果まで拡がって、手を繋いでいるから確実だと囁かれ、より逃げられなくなったのは言うまでもない。

「あの、部長? この間違った関係いつまで続けるんですか?」
「ああ! 恋人ではなく夫婦になりたいという話か!」
「違う違う違います」
「好きなブランドの結婚指輪を買ってやろう。どこでもいいぞ」

走って逃げたが、それ以降、部長は毎回を指輪片手に現れるようになった。そんなところを会社の皆に見られれば何が起こるか。
何故か、いつの間にか親にまで大黒部長と婚約するのだという噂が届いていた。
ちょっと誤字しただけなのに。


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20200801

 

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