お花見


なまえは季節のイベントをできる限りやってくれるつもりでいるようで、四月になると早くから「お花見行こうね」と言っていた。
とはいえ実際に行けたのは4月も半ばに差し掛かった頃で、なまえは毎週のように歓迎会だとかなんだかで飲み会があり金曜夜は遅く、今日もしっかり寝坊していた。
弁当に詰める揚げ物を揚げていると、なまえが起きてきて深深と頭を下げた。

「面目ない……」
「揚げ物はほとんど終わってるぞ」
「ごめんね……」
「……」

着替えてきて手伝ってくれるようだが、足取りがふらふらしているし耐えるように頭を指で押える仕草をよくしている。初めて見た時はなにか大変な病気なんじゃないかと思って心配したが、大抵の場合昼にはけろりとしていた。
二日酔い。と言うらしい。なんとも間抜けな病名で、俺は呆れてしまった。
隣でだし巻き玉子を作り始めたなまえを盗み見ながら言う。

「飲まなきゃいいんじゃねェか」
「ほとんど飲んでない、と、思うんだけどね」

ごめんね、となまえからはなんの言い訳もないので俺もこの件について言及するのはやめた。ただ、なまえの顔色は(ただの二日酔いと知っていても)良くはないので出かけない方がいいのかもしれない、とは思ってしまう。
……しかし。

「なに?」
「なんでもない……。イカリングいくつくらいあげるんだ?」
「52が食べるだけあげたらいいよ」

頷いて「わかった」と答えながらこっそりため息をつく。こういう時、ここへ来たばかりの俺は「やっぱりやめておいた方がいいんじゃないか」と言えていたはずなのに。
なまえと出かける機会をつぶしたくなくてその言葉は言えなかった。本当になくなってしまったら、俺はきっと子供のように拗ねるのだろう。
欲張りになった、と、これは悪いことだろうか。それとも、良い事なのだろうか。



「天気がいいねえ」

天気がいい。天気が良くて桜の花がよく映える。シートを敷いてぼーっとしていると、52が「写真撮らなくていいのか」と聞いた。「撮る」と言いながら52にスマートフォンのカメラを向けると、少し照れながらピースサインをくれた。だいぶカメラ慣れしてきたなあ。

「なまえも」
「ええ……?」

ピンで写真を撮り合うというのはどうなのだろう。しかし、52が楽しそうなので私もにっと笑って見せた。かしゃ、と電子のシャッター音がした。
そしてまた私は52が握ってくれたおにぎりを食べながらぼんやりと桜を見あげる。
長閑だ。
そもそもこんなにちゃんと花見をするなんて一体いつぶりだっただろうか。
思い出そうとすると以前付き合っていた大学の同級生の顔がちらついたので、きっとその頃だったのだろう。ろくな思い出ではない気がして思い出すのはやめにした。

「……もう、大丈夫か?」
「えっ、ああ、二日酔い? 大丈夫。もしかしなくても気を使わせた? ごめんね」
「……なまえは」
「ん?」
「気を使ってないか。本当は、無理してるんじゃないのか」

二日酔いの頭に弁当作りとこの公園までの移動はやや堪えたが、無理という無理はしていない。そのうち消えるとわかっていた痛みだったし、二日酔いにならないように飲まない私が悪い。今日は花見に行くとわかっていた。なによりも。

「全然。今日、楽しみにしてたから」

私は自嘲気味にふ、と笑う「まあ、52の言う通り前日飲みすぎてたら世話ないんですけどね」ちらりと52を見上げると、彼は目を輝かせながら身を乗り出して言った。「俺も!」思ったより大きな声に自分でも驚いて、そっと居直る。

「俺も、楽しみだった」

楽しみだったんだ、と52が熱心に教えてくれるので、私は弁当箱を52の方に全部寄せた。

「いっぱいお食べ……」
「! 卵焼き貰っていいか?」
「もちろん」

桜より華やかに52が笑った。
しばらくはそんな調子で笑っていたから、こっそり動画を撮っておいた。


-----------
20200731

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -