2日:君をあいする一番の方法
朝早くから花屋で花を買って、人の少ない早朝のうちに霊園に着いた。簡単に掃除をして花を差し替え、手を合わせる。
家族の墓ではないので本格的な手入れはしていないが、誰もやる人がいなくなれば自分がやろうと決めていた。
前に来た時から今日この日までで起きたことを思い出しながらじっと目を閉じて小さく語りかける。八月だから帰ってきていたりするだろうか。帰ってくるとしたらどこにだろうか。自分の顔も見て行ってくれると嬉しいのだが。
きっと、毎日カレーパンを食べている私を見たら笑うだろう。笑ってそして、きっと、この人であれば。
「もう一年になるか」
言ったのは、なまえではない。なまえは驚いて目を開き声のした方を見上げた。「やあ、奇遇だな」と軽い調子で挨拶をしてきたのは大黒だった。
「どうした? そんなにじっと見上げて」
「はい。私はもう帰りますから」
「帰れなんて一言も言っていないぞ」
ハッハッハ、と笑って朝の清々しい空気を塗り替える。なにもかも胡散臭く思えてしまって、とんでもない男だな、となまえは改めて思った。
「でも、もう用事は済んでいるので」
「せっかく会ったんだ。食事でもしよう」
「……」
誘われている、と言うよりは既に決定している予定を読み上げられているような気分になった。大黒にどういう意図があるのかは知らないが、婚約者だった男の墓の前で食事に誘われるのはあまり気分が良くない。しかも今日は命日である。
「何が食べたい? 特になければ俺のおすすめの店でどうだ」
「昨日」
「ん?」
「ああ、いえ」
昨日の時点で、なまえがここに来ることは予測されていたのだろうか。出かける、というそれだけの言葉で。
そうだとしたら、少し怖いな、となまえはぼんやり大黒の顔を見ながら考える。大黒は「なんだ? どうした? 気分でも優れないか」と顔色を変えずに、作ったとしか思えない笑顔のままで言う。
「今日は、御遠慮しておいてもいいですか」
「そうか。残念だ。いや、そもそも、こんな場所で言うセリフでもなかったな!」
大黒はまた早朝だというのに大声で笑った。なまえは笑っていない。
「帰ります」
「せめて家まで送ろう」
いい加減にしてくれないだろうか。そんな意味合いの視線を投げると、大黒は驚くほどさらりと引き下がった。「ふむ。墓参りも結構な事だが、今日も暑くなるそうだ。あまり長くならないようにな」などと、彼は墓に手を合わせるでも頭を下げるでもなく去って行った。
なまえに会いに来たことは明白だった。ひとつも偶然ではない。
「はあ、なんか疲れた」
なまえを無理やり連れ出す理由などいくらでもあるだろうに、馬鹿みたいに真っ直ぐ誘われた。その一点がどうにも不可解で違和感が残ったけれど、八月二日の日曜日の朝は、こうして過ぎていくのであった。
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20200802