1日:君をあいする一番の方法


去年の今頃からだろうか。
毎日、昼休みにカレーパンを齧っている。いつも同じ店、同じ種類の激辛カレーパンで、とにかくいつでも正気ではないくらいに辛いことで有名なパンだった。
なまえは、そんな辛いパンを、毎日欠かさず、平気な顔をして齧っている。
彼女は、本日八月一日土曜日、忌むべき休日出勤の日であろうと例外なくカレーパンを齧っていた。

「こんな時にもそれか」
「……」

今日はこの人もいたのか、と思いながら直属の上司ではないその男に「大丈夫です」と返事をした。

「なにが大丈夫なんだ」
「ちゃんと食べ終わったらミント噛んでるので」
「そうか。口臭に気を使うのは感心だな」

他部署の部長でも灰島重工の一員である以上目上の人間であるには違いない。なまえは「はい」と言いながらカレーパンを齧っていた。
何故か、灰島の若手出世頭として有名な彼、大黒はなまえの事を気に入っているようで、ふとした時に親しく話しかけに来る。

「たまには違うものを食べたらどうだ」
「これがいいんです」
「見ているこっちは暑いんだがな」
「失礼しました。今すぐ消えます」

がた、と迷いなく立ち上がるなまえの腕を咄嗟に掴み「待て待て待て」とコントのように引き止める。なまえは言われた通りに止まり、大黒からの言葉を待った。

「消えろなんて一言も言っていない」

「そうですか」となまえは微かに目を見張る程度のリアクションをして元の場所に座った。なまえの手元のカレーパンは、中身がカレーの色をしていない。唐辛子の色をしている。真っ赤だ。ついでに、辛いものを食べているからその刺激のせいだろう。なまえの唇もとてもとても赤い。

「ひょっとして明日もそれなのか?」
「はい」
「……休みなのにか」
「まあ、出かけますし、ついでに」

なまえは「出かけなかったとしても、辛いものは食べますね」と続けた。

「出かけるのか」
「なにかいけませんか」
「いいや。大いに結構だ。体に気をつけて日々を過ごしてくれ」

大黒も決して暇ではないはずだが、立ち上がると、ひらひらと手を振りながら去って行く。飄々としていて掴みどころがない。と言うよりは、掴もうとしてはいけないという印象だ。迂闊に近寄ってはいけない。逆に絡め取られてしまうだろうから。
はあ。なまえは完全に大黒の姿が見えなくなってからため息をついた。

「白々しいなあ……」

なまえも五分後にはカレーパンを食べ終えて、そのままさっさと仕事に戻った。口の中が痛い。


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20200801:はじまりました。よろしくお願いします。毎日更新。31日完結の予定です。

 

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