もう一人の部長/大黒


出世を狙うならば大黒の部下になるべきだ。ただし、いつ何が起こっても文句は言えないし、無理難題を平気で吹っ掛けられるので、万人に人気のある部署とは言えない。
大黒の話は灰島内外で有名だが、こちらの話はあまり知られていない。

「大黒」
「ん、なまえか。どうした。今晩なら空いてるが」
「さっきの部長会議でペン忘れてったでしょう」
「そうだったか。わざわざ済まないな。愛している」

なまえみょうじの部署は灰島女性社員にナンバーワンの人気を誇る。とにかく仕事の効率が良いのと、残業が滅多にないし、休みも取りやすい。仕事が雑という訳ではなく、基本ノルマの少し上を行く程度の業績だが、何か適切な褒賞を用意した途端、他部署の三倍も五倍も数字を出すのである。
それに加えてパワハラセクハラの一切をなまえのところでシャットアウトするので、なまえの下は灰島内で一番安全な場所と呼ばれている。

「あとこの書類だけど」
「ん? どうした、結婚するか?」
「こことここの間のデータってないの?」
「ああ、悪い。よく気がついたな。流石は俺の未来の妻だ!」
「メールで送っておいて。会議まとめ昼過ぎには作るから昼休憩終わるまでに」
「何? 昼を一緒にどうかと聞いたか?」
「抜けてるデータ。午後の業務開始時間前までに。メールして」
「もちろんだ。どこに食べに行く?」
「じゃあ」

そしてこれも灰島社内のみで有名な話なのだが、大黒部長とみょうじ部長は灰島入社前からの知り合いで、同期である。
「またやってる」と誰かが囁いた。「そして一切相手にされてない……」そういうことである。大黒はみょうじに惚れているようだが、実際のところ二人は恋人同士でさえない。
勇気のある社員が飲み会の場で「どういう関係なんですか」と聞いたところ、二人は全く違うことを言った。
「見てわかるだろう。運命の恋人だ」「タチの悪いストーカーだよ」大黒は一秒もめげずにすかさず「そうか、なまえは俺のストーカーだったのか。そんなに好かれているとは」とみょうじの肩を掴もうとして避けられていた。

「なあ君」
「えっ、は、はい」
「今日もなまえは最高に良い感じだったな」

相手にされていない。意識の外にいる。だと言うのに、大黒部長は実に楽しそうに一人、頷いていた。こういうところを見せられると、少しくらい相手をしてやってもいいのでは、と大黒応援派に傾きかけるが、そんなものになるとみょうじ至上主義派に冷たい視線を向けられるので関わらないのが一番である。
そんなことより、部長の機嫌がいい今のうちに、怒られそうな報告は済ませてしまわなければ。
みょうじが執務室を出ていくと、何人かの社員が一斉に立ち上がった。


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20200728:二枚貝がアップを始めました

 

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