IF.専属ボディガードの日常/大黒


「助けてやろうか」
それはきっと、悪魔の囁きだったのだ。



まあそうなるよなあ、と、私は小さな窓の向こうをじっと眺めていた。それしかやれることが無い。脱走は何度も試みたが、毎度毎度黒煙を操る男に止められる。隙あらば、と思うが、少し疲れたので最近はなにもしていない。

「ああ、起きたのか」

体を起こすと、じゃらりと鎖が地を這う音がした。
私はこの、大黒という人がどういう人なのかよく知らない。知る必要も無いと思っていたが、惨めな私の姿を見ながらコーヒーを飲む大黒さんに質問を投げてみる。数ヶ月ここにいるが、彼についての質問をしたのははじめてだ。
やっぱりこうなったか、という気持ちはあるものの、監禁されているだけで暴力を振るわれるということはない。

「貴方は、何をしてる人なんですか」
「! ようやく俺のことに興味が出てきたか。長かったな」
「……」

あまり手をつけていないが、食事も与えられている。自由がないこと以外は不自由がない。ぼんやりと大黒の言葉を聞く。

「俺のことはダーリンと呼んでくれて構わない」

こんなことをしておいて、平然とそんなことを言う神経を疑うが、更に、本当なのか嘘なのかわからない来歴や功績、社会での立ち位置など色んな話を聞かされた。私はぼうっと聞いているだけで相槌を打ったりすることもない。

「わかってくれたか?」
「ぜんぜん」
「そうか? ならもう一度説明してやろう」

嫌な顔ひとつせずに、張り付けたような笑みを浮かべてまた同じことを話しはじめる。同じことなのだが、全て違う言葉に置き変わっている。頭がキレるのだろう。わかったことはかなり質の悪い狂人であるということだけだ。話の内容は最後まで嘘か本当かわからなかった。私は溜息を吐いた。

「ここから出してくれませんか」
「残念だがそれは無理だな」
「何故です?」
「愛しているからだ」
「あい?」

私は遠慮なく首を傾げる。あいってなんだっけ。どういう漢字を書くんだったか。このあたりで会話は不要で無謀であるように思えて来る。面倒くさくなってきた。理解するために思考を投げ捨てたことがわかったのか、大黒は「君が欲しい。だから駄目だ」と言い直した。
言い直されても、私は一つも理解できない。この状況は、所有されている、と言えないのか。

「もう持っているのでは?」
「いいや。お前は俺が好きではないだろう」
「……」
「そうだな。好きだと言えるようになったら、たまに散歩くらいはしてやっても」
「好きですよ、」

大黒はぴたりと話すのをやめた。驚いたように目を丸くしてこちらを見ている。その驚きは本当っぽい。本音というか、本性というか、そういうものが突破口になればと私はもう一度言ってみる。台本にあることをそのまま読むような気持ちの籠らない声だったが。

「貴方が好きですよ」

彼はこちらに寄ってきて、私の顔にぴったりと両手のひらを張り付けた。咎めるように目を合わせて、静かに言う。

「……そんなにひどいことを平気で言うなんて思わなかったぞ」

暴力、と言うには小さいが、大黒は私の唇に噛みつき、歯を立てた。お互いの口元に血液が付着する。

「俺はこんなにもお前を愛しているのになァ?」

またその言葉か。私はこれ以上、奪われるものを持ってないはずなのに。彼は一体なにを欲しがっているのだろう。「そんなに散歩がしたいなら、明日あたり連れて行ってやるとも」大黒は朝からなにやら準備をして、私に痺れ薬を盛った後、車椅子に乗せて本当に散歩をした。合間、呪いのように呟かれる「愛している」は、きっとのこまま私の手足を壊死させるのだろう。戯れに同じ言葉を返すと彼は苦い顔をするので、この生活において、それだけは愉快だった。


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20200727:心が欲しい。どんな方法を使ったとしても。

 

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