ホワイトデイ


「貴方はホワイトデー大変そうねえ」と言ったのは、毎日のようにその喫茶店にやってくる女の人だった。「ホワイトデー」ニュースでやっているのを何度か見たが、なんの日であるのかはまだよく知らない。返事に困っていると店長がこそりと「バレンタインのお返しをする日のことですよ」と教えてくれた。

「えっ」

そんな日があったのか。聞けば今月の十四日がその日らしい。丁度一か月後に設定されているんだな、と関連付けをして覚えて、しかし先日した約束について思い出す。いいや、あれは身の回りの物を買わないという話で、お返しをする日にお返しを買って怒られることはないはずである。

「普通、なにを返すんだ?」
「基本的にはお菓子のお返しですかねえ、私にも世間の若者がどうしているのかはわかりませんが」
「菓子か……」

なまえは手作りしてくれたし、俺もそうしてみようか。そう言えば、なまえはどんな菓子が好きなのだろうか。時々ケーキを買っているからケーキは好きなのだろうけれど、何が好きなのか聞いたことはない。俺はちらりと店長を見上げる。

「なまえはなにが好きなのか知ってるか?」
「彼女はなんでも喜んで食べますけど、そうですねえ。クッキーはどうですか」
「クッキー」

なまえが作ってくれたこともある。確か、小麦粉とバターと砂糖を混ぜて焼いた菓子だ。ケーキよりも簡単そうでいいかもしれない。俺はこくりと頷いた。「作ってみてェ」店長はにこりと笑って、早速材料を出してくれているらしかった。棚からボウルを取り出し、俺に渡す。

「じゃあ、一緒に作りましょうか。このお店の裏メニューで、なまえさんはこれが大好きなんですよ」
「そうなのか」

ならきっと喜んでくれるだろう。俺はなんだかわくわくして、まだここにないクッキーの香りを嗅いだような気がした。「教えてくれ」なまえが喜んでくれたら、とても嬉しい。



52は昨日の夜から何やらそわそわしていた。「なにかあった?」と聞いても首を思い切り左右に振るばかりで言わなかった。しかし、今日は朝から伺うようにこちらを見ていて、きっと遠からず彼の気持ちを浮つかせている事柄について聞けるだろうという予感がある。
案の定、52は何かを後ろ手に隠しながらソファに座る私の傍に寄って来た。

「なまえ、今日」
「ん?」
「ホワイトデー、だろ」
「ああ、あったねそんなイベント」
「だから、その」

まったくこの子は、律儀というか健気というか。一体なにを用意してくれたのだろうと52に向き直る。差し出されている菓子の袋と形に見覚えがある。これはあれだ!

「あーーー!? 店長のクッキーだ」
「これ、貰ってくれ」
「ありがとう!」

薄力粉が半端に余ると作ってくれた、まかないのようなものだ。私はこれが大好きで、どうにか自分でも作ってみようと試行錯誤した日もあったが、結局同じ味にはならなかったのである。
それにしても、あの店の従業員でなくなってからは食べられなくなっていたからとても嬉しい。早速開けて「いただきます」と口の中に放り込む。

「これ美味しいよね、52も食べた?」
「ああ」
「そう? もっと食べる?」
「いや、もういい。あとはなまえが」

んん。同じ味だ。私は嬉しくなってにこにこしながら食べていた。52がお世話になっているし、また貰って帰ってきてくれることもあるだろうか。

「ふふ、美味しい」
「……よかった」

「これ、本当に美味しいよね」「あまり物の材料で作ってるだけのはずなのにどうしてだろうね」「店長の料理、本当にどれも美味しくて」興奮気味にそんなことを喋っていると、52はみるみる複雑な表情になって、最終的に、きゅ、と私の服を掴んだ。

「……俺も、作るの手伝った」
「んっ?」
「教えて貰ったんだ。だから、いつでも作れる」

ならば正確にはこれは店長のクッキーではなくて、52のクッキーということになるのか。私の喜び方はやや店長を持ち上げすぎていた。申し訳ないことをしてしまった。
私は「改めて、ありがとう。52」と頭を撫でた。「ん」と彼は満足そうに私の手が動くのに合わせて頭を揺らしていた。かっわい。


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20200729ホワイトデー

 

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