罪状:抱えきれない程の優しさ11-1


子供の考えることと言うのは分からないな、と思う。
と言うのも、先月、私が情けなくも雷を怖がっていたあの夜から、52は私が頭を撫でたりするのを全力で嫌がるようになった。更に、手を繋いだり、甘えてきたりすることも一切無くなった。
「ありがとう」と撫でるとばっと振り払って「子供扱いするな」と怒るのである。スーパーでばったりヨシダくんに会った時にそれとなく聞いてみると「ほっといてやって下さい」と頭を下げられた。そこまでされては、放っておかないわけにはいかず、私は、これはこれで寂しいような気持ちになりながらも日々を過ごしているのであった。
もしかして幻滅されただろうかと不安にもなったが、52は相変わらずよく家事をしてくれるし、職場にも私を迎えにやってくるので、嫌われた、だとか、そういう話ではなく、52の中で何かが変わっただけなのだろう。
ただ、あれだけべったりだったものを、突然に変えるのは彼も難しいようで、時折こちらをじっと見つめている時がある。試すように両腕を広げると数歩、ふらふらとこちらへ寄ってくるがすぐにはっとして「い、いらねェ!」と背を向けて部屋に戻ってしまう。
やりたいのなら止めないが、別に無理をする必要は無いと思う。そもそも、彼は一体何がしたいのだろうか。

「52?」
「ん?」

私は冷凍庫からアイスを取り出しながら聞いてみる。聞いてみようとした。大丈夫? だろうか、いや、不自由はない? とかの方がいいだろうか。黙っていると52がこちらに寄ってきて「大丈夫か? 調子悪いのか」と逆に聞かれてしまった。

「ううん。大丈夫」
「そうか?」
「うん」

大丈夫。と答えると52は「ならいいんだ」とわかりやすくほっとしていた。ありがとう、と頭を撫でてあげたくなったが、手を伸ばすと避けられてしまった。
大丈夫だ。少し、寂しいだけで。



なまえに頼られるような大人になるには、どうしたらいいだろうか。俺はそんなことを考えながら毎日を過ごしている。
大人とは何かと考えた時、バーンズや暗部のやつら、この世界であればなまえや、店長の姿が思い浮かんだ。
暗部の奴らはそう参考にならないだろうが、バーンズはどうだろうか。あいつは第一特殊消防隊でそれなりの立場だったはず。あんな風になったら大人、と言えるだろうか? 店長も完全に大人だ。二人に共通しているのは余計なことは喋らないところと、誰かに甘えにいくようには見えないところだ。
気持ちが良いからと言って子供扱いを喜んでいてはいけないのではないか、それが俺の導き出した結論だった。
訳だけれど。

「ごめんね」

と、手を振り払う度なまえが言う。その顔がなんだか凄く寂しそうで俺は申し訳ない気持ちになる。酷く悪いことをしているような、そんな気持ちだ。
しかし、ベタベタ甘えているような子供では、なまえだって困るはずだ。そう、どちらかと言えば、俺は甘えられる側にならなければならない。

「頼りがい……、包容力……?」

インターネットの記事を読みながらなまえが職場から出てくるのを待った。
足りてないのは何より年だ。こればかりは時間が経過してくれないと得られない。俺は焦る様な気持ちで画面をスクロールさせた。できる大人の六つの条件、という記事だ。俺はいまいちどれもピンと来なかったがそういう時は片っ端から試していく他方法はない。
筋トレは引き続きするとして、背もあった方がいいし、牛乳を飲めば何とかならないだろうか。

「君、みょうじさんの弟って本当?」

俺はぱっと顔を上げると、二人のスーツの男が俺を見下ろしていた。弟。その認識も大人とはほど遠い。しかし、こういう場で面倒事が起きないために作った約束だ。「そうだ」と答えてまたスマホの画面に視線を落とす。スマホをじっと見つめていると。

「本当に? 全然似てないけど」

ともう片方の男が言った。こういうクソみてェな連中は世界が変わったくらいではいなくならない。俺は「珍しいことでもないだろ」とだけ言った。男二人はなにやらひそひそ話し合っている。
気分が悪い。

「あの噂は本当なんじゃないか」
「まあ、明らかにみょうじの様子も変わったしな」

俺はもう一度顔をあげる。
何か言いたいことがあるなら言えばいい。立ち向かうように対峙して「なんだよ」と睨み上げた。俺は、こいつらごときには負けない。
ぱき、と指の骨を鳴らしていつでも飛びかかれるようにする。

「あの地味女に色目使われてる?」

どういう意味があったのかはわからない。ただ、俺をからかっただけだったのかもしれない。しかし、なまえを軽く扱われたことが許せなかった。
頭に血が上る、とはこういう感覚なのだと俺は勝手に動く体を止めることはしなかった。別に構いやしないだろう。悪戯に人の大事なものを傷付けに来たのだから。

「っ……!」

結論から言うと、俺はこいつらを殴らなかった。
代わりに、滑り込むように走ってきた、なまえが俺の拳に当たり、真後ろに飛んで行った。

「なまえっ!」

大人は、俺が大人ならきっと、もっと上手くやったはずだ。


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20200725
夏七月編

 

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