罪状:抱えきれない程の優しさ10-2


大変なことになった、と俺は思った。
言われた通りに七時に店に行くと、店長をはじめとする店の従業員全部と、馴染みの客が何人か、それからなまえが揃っていて、俺が店に入ると同時に破裂音が人数分した。そして、薄い紙やきらきらした紙が宙を舞う。そして、火薬の匂い。

「ハッピーバーズデー、52!」

俺が驚いている間にそこに居る奴らは口々にそう言い、突然歌を歌い始めて、歌い終わると目の前にケーキを持って来た。「ろうそくの火、吹き消して」となまえが言うので一息で消す。その後のことは正直よく覚えていない。店長にもヨシダにも何か貰って、いろんな人間が俺に笑顔で声をかけて、気付いたらその会は終わっていた。
俺はどういう顔をしていたのか、わからない。
ただされるがままに食べたり飲んだりしていただけだ。
とっぷりと暗くなった道をなまえと歩く。そうしているとようやく、自分の身に起こったこと、今見て来たものの意味を一つずつ考えられるようになった。

「なまえ」
「ん?」
「誕生日って、ああするものなのか」
「ごめん、あれは私がしたかったこと」

俺はなまえを見上げて、数度瞬きをした。なら、なまえはやったことがないのだろうか。あんなものを一瞬で手配しておいて、なまえは。

「なまえの誕生日は?」
「ん、まだまだ先だね」
「なまえの誕生日も、同じようにできるのか」
「え、いやあ、どうかな」
「できるよな?」
「たぶん……?」

「やろう」と俺が言うとなまえは「ありがと」と困ったように肩をすくめた。「楽しかった?」と聞かれたので「ああ」と答えると、満足そうに息を吐いていた。ほっとしたのか「よかった」と何度か繰り返している。
家に帰ると、玄関に何か置かれていた。

「なんだこれ?」
「誕生日プレゼント。私から」
「……、俺にはなにもしないって話は?」
「……、誕生日は特別。よかったら受け取って」

赤色の袋に入ったそれのリボンを解いて中身を取り出す。小さい箱や大きい箱がぎっちり詰められていた。見たことがあるものやないものもある。ゲーム機やトランプ、それからボードゲームの類だろうか。
俺はなまえを振り返る。

「誕生日おめでとう。52。生まれて来てくれて、ここにいてくれて、ありがとう」

荷物は全部床に置いて、なまえに飛びついた。こんなにたくさん色々貰ってしまって、いいのだろうか。俺はこれらすべてを、あの世界に持ち帰ることができるだろうか。キラキラしたあたたかい光を、どうにか仕舞い込んでおきたくて縋る様に力を込める。

「ありがとう」

必死になって言葉にした。その言葉だけを何度も繰り返して、俺はその夜、なかなか寝ることができなかった。ずっと、貰ったものを床に並べて眺めていた。



52は誕生日以降、甘えたいアピールが露骨になってきた。「ん」とかではなくて「ぎゅってしてくれ」になったし、ただ手を差し出されるだけではなく「手、繋ごう」と真正面からぶつかってくる。私は毎度毎度正面衝突される衝撃に耐えなければならない。
家でくつろいでいる時も油断はできない。
ソファに座っていると、隣にぴたりとくっついてくるし、膝に頭を乗せてくることもある。……完全に恋人同士の距離感である。いや、恋人だってこんなにベタベタしないだろう。

「52」
「どうした?」
「……」

それのどこがいけないのか。はっきりと言葉にすることが出来ない。私はこれをしなかったら、これくらいしてあげたらよかったと後悔するだろう。その時点で、なんとなく、という理由でやめるべきではない、気が。いや、しかし、それでも。
ぺったりと私の腕にくっつく52をちらりと確認して何か良い案が浮かばないか深く息を吸い込んだ。

「52」
「ん」

名前を呼ぶだけで気持ちよさそうに目を細められる。
甘えん坊の弟だ、と思い徹することで、やや心の平穏は保たれるが、「なまえ」完全に力の抜けた声がして、言われなくても頭を撫でていることすらある。私も私でこれでは駄目で。けれど、どこがどう駄目なのか具体的にすることは出来なくて。普通といえば普通だろうか? 適切な距離感とは一体……?

「なまえ、もっと」
「……」

猫の子のように甘えてくる52を撫でていると、52はすりすりと満足そうに手のひらにすり寄った。「いや、かわいい、けどね」難色を示していたこの言葉にも最近は「そうか」としか反応しない。それならもっと構えと言い出しかねない勢いだった。

「52」
「ん」
「52ー」
「うん?」

かわいいんだけどなあ。私はこのまま彼に求められるままかわいがっていていいのだろうか。悩んでいると、インターホンが鳴った。52がすぐに立ち上がり「俺が出る」と行ってしまった。ここに来る人と言えば店長かヨシダくんか宅配のお兄さんくらいのものだ。そうとわかっている52はまたその内の誰かだと思っていたのだろう。
私も、そう思っていた。ただ、なんとなく嫌な予感がして、52の後ろを追うようにやや遅れて立ち上がった。
ドアを開けた52を、外に居た男がじとりと見下ろす。

「……寂しいからって援助交際はどうかと思うが」
「違うし……」

私は52をそっと後ろに下げながら突然現れたその男と対峙した。なんで。今。どうして。このタイミングで。はあ。とため息を吐くと、52が心配そうにしている。「大丈夫。知ってる人だよ」と小さい声で教えてあげたが、彼の警戒心が解けることはない。

「来るなら来るで連絡くらい入れてよ」
「連絡なんかしたら来るなと言うだろう。ところでその小さいのはなんだ」
「ちょっと事情があって、家で預かってるの」
「子守りか」
「子供じゃねェ」

52が彼を睨み付ける。私はため息を吐いて「52」ともう一度後ろに下げる。

「それでなに?」
「今晩泊めてくれ」
「絶対無理」
「雨に降られてな。なら、服だけでも乾かさせてくれ」
「嫌だ」
「お前……」

彼は大袈裟に首を左右に振って言う。

「恋人に向かってその言い草はなんだ」

俺が風邪を引いて寝込んでもいいのか。などと言う。
本当にどうしようもない男である。


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20200722

 

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