罪状:抱えきれない程の優しさ09-2


猫達は特に何の問題もなく三日間を過ごし、一時間程後に同僚が迎えに来てくれるらしい。お土産もあると言うので楽しみだ。
猫と一緒の生活ももうすぐ終わりなので朝からずっと猫に構っていて、しかし根が良い子たちなのだろう。彼女らは、嫌がることなく私に構われている。
昼に使った食器を洗い終わった52が手を拭きながらこちらにやってきた。

「なあ」
「うん?」
「もうすぐ迎えに来るんだろ?」
「そうだよ。52も今の内にほら」
「……俺は別に」

言いながら、52も隣にしゃがみ込んだので、母猫が起き出して、52の足に頭を擦りつけていた。52は手が湿っていることを気にしたのか指先で猫の頭をつついただけだ。母猫は小さく一鳴きしてから、私の方でも同じことをする。私はよしよしと両手で体を撫でてやる。しばらくそうしていると鬱陶しくなったのか、また52の方に戻った。そして、しばらくするとまた私の方で同じことをする。
何をしているのだろうか。
母猫が遊んでいるから子猫の内一匹が52の背に飛び乗っていた。「危ないぞ」と52は猫を床に降ろす。しかし、次の猫がまた肩に乗っていて、かわいいので写真を撮った。

「また撮ったのか」
「可愛い写真は何枚あってもいいよね」

うんうん頷いて、52に登っている猫をまとめて床に降ろす。すると猫達は52に登って遊ぶのをやめて、ごろりとその辺りに転がった。まるで何年も前からここにいたかのようなくつろぎ方だ。

「でも、大事にされてるみたいで良かったね」
「ああ」
「また会いたくなったらいつでも言ってね。連絡するから」
「わかった」
「……なんか怒ってる?」
「……別に、怒ってはない」

ならば寂しいとかだろうか、と思うが、寂しそう、にも見えない。まだ母猫は52の足にずりずりと頭突きをしていた。52はようやくその頭をそっと撫で、それからはっとして私を見た。「え」

「なに? どうかした?」

52は黙って、母猫に視線を戻し「そういうことか」と猫と何やら話をしている。本当に話をしているようで、52の声に母猫は「にゃあ」と返事をした。「けど、本当に……?」なんだか盛り上がっているようなので水を差すのはやめておいて、お茶でも淹れるかと立ち上がった。



どさくさに紛れて猫と一緒になまえもフレームに収めていたので、なまえの写真が随分増えた。
どれも楽しそうに猫と戯れている。なまえは大抵笑っているが、猫の前では余計に笑顔だ。「かわいい」はこの三日間で何度聞いたか知れないしなまえの表情を見るに「かわいいは正義」と言うのは間違いないようである。
ちらり、とキッチンに立つなまえを見る。
母猫が背を押すように一度鳴くので、俺は立ち上がり、そっと足音を消してなまえの背に近付く。
何か小さく鼻歌を歌っている。
近寄ると、ふわりとお茶とは違ういい匂いがした。こちらには気付いていない、俺より少し背が高いが、俺よりも手足は細いし、肌も白い。時々抜けていることもあるが基本的にはとても頼りになる人間だ。女であるからそう思うのか、俺なんかとは中身が全く違うんじゃないだろうかと思う。開いて見てみたら、別のもが出てきそうな感じがする。
髪を縛っているから目の前を髪の束がふわふわ揺れた。肩の形に丸まる白いシャツにゆっくり、ゆっくりぶつかっていく。
とん、と額がなまえの背中、左肩のあたりに当たる。「52?」となまえがこちらを振り返ろうとしている気配がある。
両手はどうするか迷って、結局だらりと横にぶら下げているだけだ。

「52? 大丈夫? どこか調子が悪いとか?」
「……」

別に調子は悪くない、いや、ある意味では悪いのかもしれない。
猫達が来てから、猫の成長を見て俺も嬉しいはずなのに、どうにも落ち着かない。心配させたいわけではないが黙ったまま、ぐり、と額をなまえに押しつけた。丁度、さっきあの母猫がやっているのと同じ要領でだ。
なまえは猫にそうしていたから反射だろう。ぽん、と俺の頭に手を乗せてさらさらと撫でた。そして、手のひらがやや熱くなった俺の頬を冷やす。「熱……、ある?」なまえは更に俺と額をくっつける。「いや、熱はなさそう、かな?」
「どうしたの、本当に大丈夫?」となまえの手が離れていきそうになって、慌てて自分の両手で上から押さえた。

「それ」
「ん?」
「手が」

「手?」なまえは首を傾げて俺を見てくれている。本気で心配している様子に申し訳ない気持ちになるが、俺はそのままなまえの心配事とは別の言葉を返す。

「冷たくて、気持ちいい」

正直なところ、なまえが特別鈍感であるのかそうでないのかはわからないけれど。そう言わないとなんだかやっていられないような気持ちになるから「鈍い」なんてこっそり文句を言うわけだ。
その鈍いなまえはようやく俺がして欲しいことに気付いて頭を撫でた。もっとも、俺もつい昨日の夜に気付いたことなのだけれど。つまり、なまえが猫にばかり構うのが気に入らなかった。

「本当にかわいいね」
「それは、嬉しくない」

嬉しくない、とは言いながら、他のなにかにその言葉を使っているのを聞くのは嫌だ。矛盾ばかり抱えていて、どう思っているのか分析するのに難儀した。たいていの場合、どちらの気持ちもあるから、一つに決める必要もないのだろうけれど。
俺はなまえの鎖骨の辺りを見つめながら、二歩前に出る。
向かい合っていた俺達の距離は音もなくゼロになった。
なまえはゆるく俺を抱きしめて「かわいい以外なくない……?」と長い息を吐いていた。

「どんどんいろんなことができるようになるね、52は」
「教わったんだ」
「教わった?」
「ああ。さっき」

なまえは合点がいったと「ああ」と俺の背中の方で手を打った。

「よしよし、よーしよしよし。52はかわいい」
「……それは、なんか違う」

構って欲しかったけれど、同じようにして欲しいわけではなかったらしい。らしいというのは、俺も今気付いたからだ。また、本当はどうされるのが嬉しいのか考えなければならない。本当に、考えなければならないことばかりだ。煩わしいと思う事もあるが、大抵の場合わかるとなまえは応えてくれるので、最終的にはとても楽しい。今だって、ここ三日間もやもやしていたのがどうでもいいくらいにあたたかい。
この日から、俺はなまえに触ってもらいたい時は背中にぶつかっていくようになった。


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20200721
五月編、完、次から夏

 

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