罪状:抱えきれない程の優しさ09-1


例のごとく、ゴールデンウィークは休みではない。私と52は休みを合わせるようになったので、大体一月前には予定を共有するのだけれど52はやや残念そうにしていた。「やっぱり休みじゃないんだな」と言った彼はむっつりと頬を膨らませていて『残念そう』が素直に表現されていることに、この生活への慣れを感じた。
「かわりの休みはちゃんとあるから」と言い「お店もゴールデンウィークは忙しいだろうから、たぶん、丁度いいよ」と笑う。実際、国民のほとんどが一斉に休みになる時期にどこかへ出て行くと、人が多すぎてなにかをするどろこではない。少しずらして行った方が空いていていい。

「ほら、迷子になると困るし」
「もうならない!」

と言うのは、私の言い分であり、52はどうにもゴールデンウィークにどこかへ出かけてみたかったようである。次の休みは夏になるだろうか。夏はがんばってお盆に休みを取るとしよう。私はそれを固く約束させられ、ついでに明日の朝ごはんはナスの味噌汁を作ることになった。
「わかった」と言うと「よし」と小さく拳を握っていた。元々素直であったが、その素直さに行動が伴ってきている。これは。ううん。

「52はかわいいね」
「…………嬉しくない」
「言われたことない?」
「ねェよ」
「見る目がないなあ」

からかったつもりはないのだが、52は複雑そうな顔で私から視線を逸らして、コンソメスープを啜っていた。じっと何かを考え込んでいたけれど、お椀から口を離すとゆっくりと、再び私と目を合わせる。

「なら、なまえは」
「ん?」
「言われたこと、ないのか」
「何を?」
「だから」

めずらしく近くに置いてあったスマートフォンが大きく鳴り出した。着信である。私はちらりとスマホを一瞥した後52と目を合わせる。52は慌てて「俺のは後でいい」と言った。お言葉に甘えて電話に出ると、十一月に、猫を貰ってくれた同僚だった。
何事かと思えば、家族で旅行へ行くことになったのでなんとか猫を預かってもらえないか、という相談であった。アパートはペット禁止ではあるが、短期間であれば良かったりしないだろうか。私は「相談してみます」と答えて電話を切った。

「なんだったんだ? 仕事か?」
「ううん。覚えてる? 猫達を貰ってくれた人」
「ああ」
「あの人が、旅行に行くから何日か猫を預かってくれないかって」
「ふうん」

「あいつら、元気にしてるって?」と52はそわそわと問う。あの子たちはこの世界で一番最初に52と友達になった子たちだ。口には出さなかったが気にしていたのだろう。できればどうにか預かる方向にもっていきたいが。

「そう言えば、さっきのなんだった? 話の途中だったよね」
「あ、ああ……、あれは……、いい。なんでもない」
「本当に?」
「本当に」

何か言い辛くて、それでも何かして欲しいことがある時は、黙ってくれたら全力で考える、という話になっている。返事があったし、さっきのはこのままにしておいていいことであると判断した。
猫の件は、明日にでも許可を貰えるか聞いてみよう。期間は三日間らしい。それくらいなら、どうにか、こうにか。いろいろと思考を巡らせたが、驚くほどあっさりと許可は下りて、猫達は半年ぶりにこの部屋に帰って来た。



猫はしっかり育てられていたようで、丸々と大きくなって、子猫ももう親猫と同じくらいのサイズになっていた。そして、どうやらこの場所のことは覚えていたらしく、はじめてここに来た時と同じ場所で眠りはじめた。

「すごいもんだねえ」

となまえが近くに座ると、その膝の上に一匹が乗り、それを見ていた二匹目が寄っていき、三匹目がさらにちょっかいを出し、親猫がちゃっかりなまえの膝の上を取る、と言うようなことが繰り返されていた。
俺の膝でも同様のことが起こる。なまえは写真を撮って「かわいい」しか言わない機械みたいになっていた。

「見て、52、団子になって寝てる」

猫達はしばしばソファを占拠し、まるで一つの生き物のように折り重なって眠っていた。なまえがまたそれを写真に撮り、なまえのスマホの写真フォルダは猫で埋め尽くされていった。俺とだってそんなに写真は撮らないくせに。

「もふもふしたのが四匹も居る……、これは幸せだ……」

なまえも大分俺に対して、なんというか、砕けてきた、ように思う。最初はしっかりした大人だと思ったが、最近はソファでうたた寝していることもあるし、飲みすぎたとかでひどい顔色で帰って来ることもある。
どう表現したら良いのかわからないが、とにかく、思ったことをそのままやっていることが増えた、気がしている。イイことなのか悪いことなのかわからないが、俺はなまえがそうして隙を見せているところを見られると嬉しくなった。

「欠伸って面白いよね」
「? 別に普通だろ」
「ああ、うん。そうだと思うんだけど、そうじゃなくて、猫も人間も、あと他の、なんだろ、犬とかも同じように欠伸するじゃない? 不思議だよね」
「どこが不思議なんだ」
「猫と、人間が、同じ動作をするんだよ。猫がしても人間がしても欠伸っていうのが、不思議」

そして、きっと、出会ってすぐのころだったら教えてくれなかった、なまえの気付いたこと、というのを教えて貰えるようになった。俺は首を傾げる。「ああそれも。猫とか犬とか同じことするよね。すごいなあ」これは別に、俺が犬猫と一緒と言っているわけではなく、何か、別のことに感動しているのだ。

「ふふ、眠いのかー」

なまえが猫の頭に手を乗せると、猫はぐり、と頭を手のひらに押し付ける。その動きがまた「かわいい」のだとなまえは更に猫を構うわけだ。

「……なあ」
「うん?」

猫を構いながらこちらを振り向くなまえをぱしゃりと撮ってやった。鋭いように見えて鈍感ななまえはこれでは気付かないだろう。気付かれたいような気付いて欲しくないような、変な気持ちだ。ここに来てからずっとそうだが、時間が経てば経つほど説明のできない気持ちになることが増えていて、俺は毎日、今、俺はどうしたくて、なまえにどうして欲しいと考えているのかを考えている。

「写真? 綺麗に撮れた?」
「ん」

俺はスマホの画面を見せる為に近くに寄る。隣に座って、ひょい、となまえに見やすいように横に動かす。「いいね」と上機嫌に笑っているなまえが近い。それでもいいのだが、そうではなくて、と俺は思った。またこれだ。
なにがそれでよくて、なにがそうではなくて、なのだろう。


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20200719
春、五月編

 

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