罪状:抱えきれない程の優しさ08-2


今日は土曜日だったのだが、なまえが仕事だと言うから俺もバイトを入れた。休みをなまえと合わせているから、土曜日日曜日は店にいないことが多い。しかしこのヨシダにこうも絡まれるようになったのは、平日、昼から夕方まで働いていることがあるからだ。閉店までは滅多にいない。なまえが帰ってくるし、なまえが今日は何をしたのか、という話を聞きたいからだった。俺も話したいことをたくさん持って帰る。質問だったり、よくわからないことだったり、変な客の話だったりする。なまえはいつも笑っている。
そう言えば、こいつもいつも笑っている。
ヨシダは、一度自分の家に帰ってから、本当に俺の家に遊びに来た。土曜日の夕方四時だった。

「お邪魔しまーす」
「ああ」
「うわ、綺麗にしてるなあ。52がやってんの?」
「俺と、なまえもやってる」
「ふうん。しっかり者が二人揃うと家ってのはこうなるのかね」
「お前の家はそうじゃないのか」
「きっとびっくりするな。今度お前も遊びに来いよ。あ、そうだ。これ土産な。二人で食ってくれ」
「……ありがとう。なんだこれ」
「フルーツロール! 安くて美味い! 手土産にぴったりだぜ?」

「52だ」と名乗った時、こいつは「52?」と一度だけ聞き返した。それだけだった。後は自然に俺のことはそういうものだと思って呼んでいる。それをなまえに話すと「いい子だ」と嬉しそうにしていたので、俺もこいつのことはいい奴だと思っている。ただ、ちょっとだけ、胸にもやもやとしたものが残った。正体はわからない。

「なまえさんは? 気を使ってでかけてるとか?」
「今日は、六時、くらいには帰ってくるんじゃないか」
「へえ、楽しみだな」
「……」
「そんな怖い顔するなよ。姉ちゃん取ったりないから」

こういう時、俺はどうしていいかわからなくなる。これについてもなまえに聞いたことがあるが、なまえは「無理になにかしなくてもいいよ」と笑った。「たぶん、その子は52が自然体でいるほうが嬉しいと思う」会ってもいない人間のことがわかるものだろうかと思ったが、最初にたぶん、とついているから自信があるわけではないのだろう。
ヨシダは旅行鞄のようなものを床に置いた。「じゃあ」と目を輝かせる。ジッと音を立てて鞄のファスナーを開く。コードや黒い機械がぎっしり詰め込まれていた。「やろうぜ」



52からメールが来ていた。
今日は例の友達が家に来ているらしい。私はその文面を眺めながら考える。友達が帰るまでどこかで時間を潰すべきだろうか。それとも、そんなことは気にするべきではないのだろうか。
52に聞いても「帰ってくるな」とは言わないだろう。家をあけるなら用事があるふりをする必要がある。反応を見ようと「定時で帰れます」と送ると、52はすぐに「待ってる。気を付けて」と返事をくれた。
今日の所は、素直に帰ることに決めた。その後の反応で今後どうするべきか決めることにしよう。
と、思っていた。
反応が微妙なら次から気を付けよう。と。

「いや待って待って待って」
「待ちませんよー」
「なんっでこんなとこにバナナあるの!?」

男子高校生と一緒になって盛り上がってどうするのか。
52は引き気味だったし、これはひょっとして52に悪いことをしたのでは、と私は一時間程ゲームに混ぜて貰った後に反省した。「夕飯も食べていく?」と聞くと「実はその言葉待ってました!」とヨシダくんは言った。52に聞いていた通り素直ないい子である。
私が台所に立つと52はこちらを気にしていたが、にこりと笑うとヨシダくんとのゲームに戻った。今はパズルゲームをやっているようだ。52は私よりも覚えが良いので、すぐにヨシダくんの腕に追いつき、ヨシダくんを驚かせていた。
今日は煮込みハンバーグの予定だった。私がヨシダくんに「苦手なものある?」と聞くと「なんでも食います!トマト以外!」と勢いよく教えてくれたので「了解」と気持ちよく返しておいた。
食材が余分にあるのは次の日の朝や昼も食べるからだ。特にハンバーグは人気メニュー(52がよく食べたいと言い出す)なので多目に作る。三人分くらいは出来上がるだろう。それからシチューと白米。これだけあれば足りるはずだ。二人分以上の食事を作ったのは相当久しぶりだった。母や弟が居た時以来だと考えると、十年以上は昔になるだろうか。いや、店では作っていたから、そこまで昔ではないか。

「できたよー」

二人に声をかけると、二人ともぱっとこちらを見てゲームを中断して立ち上がった。

「ヨシダくんは何飲む?」
「お茶で!」
「はいはい」

一人増えるだけでこうもにぎやかになるものだろうか。この家がこんなに賑やかなのも、やはり何年振りかわからない。私はヨシダくんが「美味い美味い」と言いながら食べてくれるので気分が良く「デザートもあればよかったけど」と申し訳なく思った。
ヨシダくんは「ふっふっふ」と意味深に笑い「ありますよ。俺が持って来たフルーツロールが」と冷蔵庫を指さした。

「ああ、ごめんねわざわざ。じゃあそれ皆で食べようか」
「よっしゃ」

ちらりと52を見ると、目が合った。なにか言いたそうにこちらをじっと見つめているので「どうかした?」と聞いてみる。52はやはり言いたいことがありそうなのだけれど、上手く言葉にできないようだ。「なんでもない」と自分の手元を見下ろしている。

「なまえさんはどこの高校だったんですか」
「私? 私は東高」
「じゃあ、先輩ですね!」
「でもあの高校ここから遠くない? 君はどこから来たの?」
「どうしても電車通学したくて……、家は駅の近くですよ」
「ああ、そうなの。バイト先と近くていいね」

いくつか雑談をして、私は今後の参考にと今流行っているゲームや遊びなんかを聞いておいた。あとお願いを一つしておいた。ゲームもいいのだが、トランプやボードゲームなんかもこの家には置いていないし、ああいう大人数でやるのが楽しい遊びは教えてあげられそうにない。だから、機会があれば是非頼む、とこっそりと耳打ちした。ヨシダくんは「まかせてください」と笑っていた。
52と一緒にアパートの外まで見送りに出てから部屋に戻ると、部屋の中ががらんと静かになったように感じられた。彼一人で五人分くらいのパワーがあった。

「なまえ」
「ん?」
「……」

52は私の服をくっと掴んでそのままじっと俯いている。

「なに? 大丈夫? どっか調子悪い?」
「いや」

「そうじゃなくて」と顔を上げた52と視線がぶつかる。紫色がゆらゆら揺れている。またこの顔だ。そんなに言葉にするのが難しいことを、彼は言おうとしているのだろうか。私は「うん」と言葉を待つ。

「……あいつ、と、たくさん喋ってたな」
「ん?」

ヨシダくんのことだろうが、私は必死にその言葉の奥にあることを探ろうと52を観察する。彼に会う前からこういう表情はよくしていた。だからヨシダくんに直接関係のあることではないはずなのだが。
なにはともあれ、52はこの件に関してどうにかしようという動きをみせている。だから、私もできるだけ大人しく待つ。

「あいつ、とは」
「52?」
「なあ、なまえは……」
「?」

言葉はそこで止まってしまった。
そっと手を伸ばすと、52はぷい、と顔を背けてぽつりと言った。

「……ばか」

「え?」今、何を言われた? ばか? 私が? いや、そりゃあ素晴らしく頭が良いわけではないが。一体なにが。「52?」もう一度彼の名を呼ぶが、彼は私の呼びかけを無視してリビングのソファにごろりと寝転がった。「52ってば」「うるさい。知らない」今度は、なにをしてしまったのだろうか。


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20200716

 

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