罪状:抱えきれない程の優しさ08-1


52がアルバイトをはじめた。
事情を何もかも話すわけにはいかなかったが(そもそも私もよく知らない)、そこは店長がうまくやっておいてくれるそうだ。一応、共通の設定事項として年は十五(たぶんちょっと盛ってる)であることと、事情があって休学していること、それから私の弟である、ということなどがある。名前はそのままでいいんじゃないか。と私が言うと52もそれでいいと頷いた。適当な名前をつけることもできるけど、とは言ったが「別にいい」と彼は首を振った。
私は起きる時間を少し早くして、自分で自分の顔を鏡で見つめた。自分の顔についても好きとも嫌いとも思ったことはないが、見た目を良くしておくことに驚くほど無頓着であった。最低限すらできていなかったかもしれない。のだが。一月も練習すればそれなりにはなる。「よし」52に恥じないように、という気持ちではじめたわけだが、これがなかなかに達成感もある。

「おはよう」

52は今早起きに挑戦しているようで、目を擦りながらリビングまで歩いてきた。朝食はできていないからもう少し待っていて、と頼むとそのままソファで眠っていることが多い。今日もなにやらゆらゆらしているが、どうにかこうにか顔を洗いに行ってキッチンに戻り私の隣に立つ。

「今日は、なに、焼く?」
「じゃあ、ポテトサラダの味付けしておいて」
「サラダ……、あれにしていいか?」
「あれ?」
「ちょっと前に作った、ピンクの……」
「ああ、いいよ。材料もあると思う」
「ん」

ふらふらと歩いて冷蔵庫にぶつかっていた「大丈夫?」と聞くとその衝撃で完全に目が覚めたらしい。「だ、大丈夫だ」と52は改めて冷蔵庫を開けていた。あのサラダはケチャップとマヨネーズとレモン汁、それからにんにくなんかを入れて味付けをする。普通のポテトサラダに比べるとスパイシーでパンチが効いている。混ぜて味見をする頃にはいつも通りの52だった。私もがんばって働かなくては、と思う。
私は最近よく、誰かと一緒に暮らすなら、こうやってお互いがお互いを見て自分もがんばろう、と思えるのが理想形なのではないだろうかと、そんなことを考えている。つまり私は私が考える理想の暮らしをしているというわけだ。幸せなことである。

「あ、なまえ」
「ん?」
「ここ、ちょっとはねてる」

52は私の髪をすっと押さえて寝ぐせを直してくれた。どうにも彼は私の寝ぐせが気になるというよりは、単純に髪を触るのが好き、という感じがする。「ありがと」私もお返しにに52の髪をさらさら撫でた。
その後二人で朝食を食べる。今日はどういう予定であるとか、放送されているニュースについて話をしたりだとか、次の週末はどうするだとか、そんな話をする。三月から、正確には喫茶店でアルバイトをはじめてから52の身にはいろいろなことが起こるらしく、話題には困ることがない。
あそこは元々常連さんが多いし、52は顔もかわいい(言うと怒るが)のでお客さんにも可愛がってもらえているようだ。店長曰く、彼を見に来るおばさんたちもいるのだとか。それは鼻が高いな、と私は本当の姉のような心地でこっそり胸を張る。
更に、同じくあの店でアルバイトをしている男の子と仲良くなったようだ。確かヨシダ、と言ったか。よく名前を聞く。今日も丁度52はその子の話をはじめたところだ。

「家に、遊びに来たいって言うんだ」
「へえ、いいね。いつ来るか教えておいてくれたらお茶菓子用意しておくよ」
「そんなのいい。あいつはうるさい奴だし」
「まあまあ、家はいつ来てもらっても52が綺麗に掃除してくれてるから困らないからね。好きな時に呼んであげたらいいよ。何にもない家だから、年頃の男の子が来て面白いかはわからないけど」

52は何も答えなかったが、きっと近いうちにその子は遊びに来るのだろう。

「何度も言うけど、家のことは優先しなくていいからね。その子と遊びに行く約束をするなら、そっちを全力でやっておいで」
「わ、かってる」
「よし」

食器を片付けながら52の頭を撫でた。嫌がらないから嫌ではないのだろうが、最近そっと手が離れると「なまえ」と52が私を呼ぶ。「ん?」振り返り52と目を合わせると、彼はふっと目を伏せて、その後「やっぱり、なんでもない」と首を振る。何か言いたいことがあるのだとわかるが、無理に聞き出すことでもないのかもしれないと「そう」とだけ答える。

「じゃあ、行こうか」
「ああ」

そして更に、52のアルバイトが朝から昼過ぎにかけての時、私たちは一緒に家を出るようになった。アパートの敷地内に植わっている桜が、綺麗に咲いている。



店長は本当になまえのことをよく知っていた。仕事がなく暇な時は必ずなまえの話をしてくれた。俺はそれが楽しみだった。
例えば俺がしている時計。これを見て「君はなまえさんにとって本当に大切な人なんですねえ」と頷いていたので、どういうことかと聞いてみると、これは、元々なまえの父親のものなのだそうだ。それをなまえが形見として持っていた。俺は自分と一緒にあったあの時計のことを思い出しながらその話を聞いていた。俺もなまえも形見の時計を大切にしていたのだ。
そしてその大切なものを、なまえは俺にくれた。

「どうして俺にくれたんだ?」
「それは、なまえさんに聞いた方がいいですよ」

その通りだった。俺はじっと時計を見て(時々店に来る客にも「良い時計だ」と褒められる)、なまえがどういう気持ちでこれをくれたのか考える。
他のことも色々と考える。けれど、いつも、考えてもわからないから聞いてみたいと思うのに、俺はうまく口にできない。なまえもあまり俺について深くは聞かないから聞きづらいのだ、と思っているが、なまえのせいにするのは良くないことだ。
しかし、まさか、聞いて欲しい、なんて自分から言えるはずもない。
別の世界から来たかもしれないなんて、あまりに突飛すぎる。俺だってまだ信じられないのに。

「どうした? 時計なんか眺めて」
「時計『なんか』じゃない」
「ああ、悪い。姉ちゃんに貰ったんだよな?」

家族、と言われて悪い気はしないが、そうさらりと、姉とか弟と言われるとしっくりこない。本当は違うからだろうか。わからないまま「そうだ」と答えた。
この店で、俺は軽食や飲み物を作る仕事を任されがちだが、同じ頃アルバイトをはじめたこの男はよく客の相手をしている。ころころとよく笑って騒がしくしているから、適しているのだろうと思う。誰に対しても同じような態度でいるのである。

「いい姉ちゃんだよな。料理も上手いんだろ。お前とどっちが上手いの?」
「なまえに決まってる」
「なまえさん、そうだったななまえさん。会ってみたいなー」
「……」

設定上の俺の年と同じらしいこの、ヨシダと言う男は肘で俺をつつきながら繰り返し言う。「なあ」「なあってば」「そろそろ遊びに行ってもいいだろ?」俺はなんとなくぼかしてきたが、今日はとうとうなまえに許可も貰ってしまった。
なまえはヨシダと俺を友達、なんて表現して、友達は大切にしなきゃいけない、と言うのである。「もちろん、52をいいように利用しようって悪い子は大切にしなくてもいい」とも言った。なまえに心配されなくても、善悪の判断くらいはできるつもりだ。簡単である。なまえのようにあればいい。
俺はなまえが普段しているようにじっと観察して、こいつは悪い人間ではないと判断した。故に、意を決してこくりと頷く。

「わかった」
「よっしゃ。じゃ、ゲーム山ほど持ってくからな」
「ゲーム?」
「やったことないって言ってただろ。あれだったらなまえさんも交えてさ」

ゲームはいいがなまえを気安く呼ぶな、と思うのだが、俺ともなまえとも、ここの店長とも違う人懐っこい笑顔を見ていると何も言えなくなった。
今日の夕方、早速遊びに来るらしい。


------------------
20200715;春編、四月

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -