罪状:抱えきれない程の優しさ07-3


「これは多分、だからやっぱり私の主義の話だと思うんだけれど」

と、なまえは前置きをした。「好きに使っていい、と言った手前やっぱり何に使ってもいいわけで。どう使って欲しいか、はただの私の希望で君のやりたいことと一致するとは限らない」俺に話しているというよりは自分の思考を整理するような話し方だった。

「断っておくと、私は52が私にいろいろしようとしてくれるのは嬉しい。んだけど、最優先事項が私になるのは嬉しくない」
「お前は、俺のことを優先するのにか?」
「そうそう。それもある。私はいい。と思ってるけど、私が私はそれでいい、と思うように、52もそれでいい、と思っているんだとしたらこのあたりの認識がずれてぶつかるのは自明の理、と言う感じ」

俺はこくりと頷いた。俺となまえとは対等にはなり得ないのかもしれないが、俺もなまえも対等でありたいと思っている。それは今回のことでわかった。そして相手にやらせているだけ、をどちらも良しとしない。俺となまえは実は似ているのかもしれない、とも思う。

「必死に52の為にと考えたけど、これは違うね。結局自分が嫌だから、だと思う。だからこれは、やっぱり私のわがままだね」

はあ、とため息を吐くなまえは自分自身に呆れている風だった。「改めて」となまえは姿勢を正してへらりと笑う。いつもの笑顔だ。俺はそれだけでほっとする。本当はなにもなくたって、その笑顔さえ見られればいいのかもしれない。ここに居られるだけで、俺は満足なのかもしれない。

「これは私のわがままだけど、52には私のものはもう買って来ないで欲しい。52から貰えるものはセンスもいいしとても嬉しいけど、どうしても、どうしても君からいろいろ貰ってしまうのは悪い気がするし素直に喜べなくて申し訳ないから。これ以上の理由は何言っても押し付けになるから言うのやめた! 後は上手く説明できない! ごめん!」
「俺だって貰いっぱなしなのに?」
「それはさ52……」

わがまま、と言われればまだ聞けるが、それでも納得はできなかった。
また生意気なことを言ったかな、と思ったが、なまえは有耶無耶にせず真正面から話し合いをしてくれる。俺の言葉に対して冷静に言葉を探している。なまえは話し合いの前にミルクティーを飲みながらまず「丁度いいところを探そうか」と言った。だから、わがままだからお前が我慢してくれ、で終わらせることもしないようだ。
アルバイトの話はどのタイミングでするべきか考えていると、なまえから、とんでもない言葉が出た。「ごめん、ちょっとこれ弱音ね」

「52は私が52をどれだけ好きか知らないからそんなことを言うんだ」
「す、」

き。

「……本当は、家に居てくれたら充分なんだけど、でも私が52の立場でも家事はしたくなるし、できること増やしたい気持ちもわかる気がする。ううん……」

なまえはぶつぶつと喋り続けているが、俺はがたりと立ち上がる。

「なまえは、好き、なのか? 俺が?」
「え、そりゃあ好きだよ。家族みたいなものだと思ってる」
「家族」
「うん。少なくとも私はそうでありたい。ここが君にとって安心できる場所なら、それでいい。その為の努力ならなんでもしたい」

好きだよ、とはっきり言われた声が頭の中で繰り替えされていてイマイチ話に集中できない。けれど「52?」と呼ばれてどうにか戻ってきた。なまえは力が抜けたように笑う。

「って思ってたけど、ちょっと努力の方向性をかえてみようかな。これたぶん私も52も好きな人間との距離の取り方がへたくそだから、お互いの為に、って言い始めたら際限がなくなる気がする」
「どういう意味だ?」
「52がここに安心していられるように52になにかする、以外の努力をしたほうがいいかも、という意味」
「……なにが変わるんだ?」
「52が私のことを心配しなくていいように、私が、自分で、身だしなみにも気を使います」
「俺がやりたいのに……?」
「たまにはいいよ。でも、人間は自分のことは自分でやらなきゃ駄目。これは絶対そう。だから、私もいろいろ52に服を買ったりしてたけどこれからはしない。思えば過保護にしすぎたかもだ。自分磨きは自分にしかできないしね」
「自分磨き」
「そう。52が私に、私が52に使ってた時間を自分磨きに使いましょうと。そういう話でどうだろう。かなり人間的で健全だと思う」
「俺はどうすればいいんだ」
「できるだけいろんなことを知るといいよ」
「どうやって?」
「本を読んだり、私以外の誰かと話をしたり、方法はいろいろ。52はか、綺麗な顔してるし、将来はきっと相当なイケメンで美人になる。一つずつ大人に近付く、と」
「それは、なにがいいんだ」
「これを自分で言うのはあれすぎてあれなんだけど、私最近いい感じだと思わない……?」
「? いい感じだな」
「で、さらにこんなこというの恥ずかしすぎるんだけど52はまあ、よくないよりはよい方が嬉しくない?」
「嬉しくなる」
「私も、52が良い感じだと嬉しい、わけだ」
「ああ」

そういうことか。とようやく理解した。相手になにかする、ということだけが相手を喜ばせる手段ではないのだ。だから、相手に押し付けるのはやめて、その気持ちを自分に向けて、ついでに相手にも喜んで貰う、と。
だが、それだけで俺となまえとの間に釣り合いが取れるだろうか。

「けど俺はなまえに住む場所を提供されてるわけだろ」
「まだ言うか。ならこう考えて。その代わりに52がやってることは、日々の掃除、洗濯、ゴミ出し、買い出しと、それからお風呂の用意に料理。私がやらなきゃいけないことは全部やってくれてるわけだね。で、前まではそういうことやるのを前提で仕事してたけど、今は52がいるから本来家事しなきゃいけない分も働けてるわけだ。つまり、余分に稼げてる分は52の働き。なのでおこづかいもある。正当報酬だよ」
「……本当にそうか?」
「そうだよ……、私も本当のところもうちょっとおこづかいあげるべきなんじゃないかって思うくらいなんですけど……。でもこのくらいで納得してもらわなきゃもう話が……どう進めていいやら……」

「いや、これ以上は」と俺が言うと「うん」となまえは何度も頷いている。なまえの言うように、なまえは仕事で、俺は家事全般で釣り合っている、とするべきなのかもしれない。どうやらお互いにやってもらいすぎている、と思っているらしい。なまえも断腸の思いで、という風だし、俺もそのように捉えておく。それにしても。

「俺が俺の為になにかをしたら、本当に喜んでくれるのか」
「うん。何をしたのか教えてくれたら、私は嬉しいよ」
「なら、俺にも、お前が一日なにをしてたのか教えてくれるんだな?」
「えっ」
「……なんだ?」
「え、聞きたい? 仕事の話くらいしかできないけど」
「いいんだ。そういう話を、俺は聞きたい」

やはり、俺達は相当似ているのではないだろうか。なんだか同じようなことを心配して、同じようなことを確認し合っている。似ている理由を突き合わせる日もいつか来るかもしれない。「よし、じゃあそれで」となまえは頷いて、話し合いが終わりそうになったけれど、俺はそう言えば一つ報告しなければならないと口を開く。

「なあ、なまえ」
「ん?」
「あの店で、アルバイトしたらどうだって言われてるんだ。やってみてもいいか?」

なまえは目をぱちぱちさせた後明るく笑って手を打った。「ああ! その手があったか!」もう話は通してあるのかもと思ったが、なまえは聞いていなかったらしい。なまえはなんと言ってあの店の男に俺が行くことを伝えたのだろうか。事情は知っていた風だったが。次、あの店に行ったら聞いてみようと思う。

「なんか疲れない? ケーキ食べよう」
「どうしてケーキなんだ」
「仲直りと言えばケーキだからだよ」
「そうなのか」
「実はあんまり詳しくないんだけど、たぶんそう」

なまえは恥ずかしそうに笑った。
俺はなまえのこの笑顔が相当に好きだ、とようやく気付いた。なまえも俺を好きでいてくれているというのなら、二人ともが無理矢理じゃなく心の底から笑えるように、知らなければならないことはたくさんあるな、と一人で頷いた。


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20200714
三月編、完

 

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