せかいいち/ジョーカー


冷えてきたからとか、ストッキングが見当たらなかったからとか、概ねそんな理由だったのだけれど、黒いタイツを履いた私の足をまじまじと眺めた後、ジョーカーは言った。

「それ、いいな」
「……それ?」

よっ、と言いながら立ち上がり、「ふうん」なんて上機嫌そうに私の周りを一周した。それからニヤリと笑って私の脇に手を突っ込んで持ち上げる。元々小柄な私は簡単に足が地面から離れた。

「おお、ちょっと重くなったなァ」
「……この前、その辺歩いてる女子高生が女の子にそういうこと言うのは最低だって言ってましたよ」
「何言ってんだ、褒めてんだよ」

ソファに座り、私を膝に乗せると、するすると足を撫でる。ジョーカーはよく、用がなくても私の体に触れている。
ふふ、とやや感慨深そうに笑う。

「お前、あそこ出てすぐはガリッガリだったじゃねェか」
「……それでも、女子に重いはないらしいです」
「悪かった悪かった。まだまだ太っていいぜ」
「それも嬉しくないな……」

ハハハ、と、彼は声を上げて楽し気だから、私も体をぽすりと預けた。こんなことをしているとだんだん眠くなってくる。

「どっか出かけるんじゃなかったのか」
「そのつもりでしたけど、あったかいから」
「……、そうかい」

なにか言いたそうな間があったけれど、突っ込むと薮蛇になる可能性を考慮して黙る。彼の言うことはだいたい分かるし共感できるけど、たまによくわからないことを言い始める。
大概私はそれに付き合うのだけれど、何が面白いのかはわからない。

「なまえ」
「ん?」
「なまえ、」
「うん」

あ。なんかわからんことを言われる気配がする。
ぴ、とジョーカーは徐にタイツを引っ張り、

「これ、破いてもいいか」

などと聞いてきた。
せっかく使えるものを粗末にするのはよくない。私はぎゅ、と顔を顰めた。

「え、いや、やだよ」
「まあそう嫌がらなくてもいいじゃねェか、お前の大好きな男のささやかな夢だろ」
「嫌だってば」
「そうか……、嫌われたもんだぜ」
「嫌ってはない。たぶんジョーカーの思ってる通りに好きですよ」
「じゃあ破っても」
「ダメ」
「悪いようにはしねェよ」
「その頃にはタイツくん死んでる」
「おいおい浮気かよ」
「……なんの話?」

はーあ、とジョーカーはタイツを離して、足を撫で回す動きに戻る。どうあっても撫ではするらしい。

「まあいいか。本当に破ったらうっかり興奮してお前に襲いかからねェとも言い切れねェ」
「? うん、破るのはやめておいて」
「そうしてやるか」
「うん」
「本当に太ったなァ?」
「……やっぱりそれは、微妙ですよ」

ぎゅ、と肉を摘まれたから驚いて「痛い」と言うと、またジョーカーは楽しそうに笑った。完全におもちゃにされている。
しばらくジョーカーの好きなようにさせていると、ふう、と息を吐きながらジョーカーは何か言った気がした。私も同じ言葉を返したい気がしたのだけれど、なんと言ったのか、わからなかった。


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20191102:誰よりも不自由で自由な君へ。今日タイツの日らしいゼッ☆

 

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