罪状:抱えきれない程の優しさ07-1


52は先月から、私の髪をいじるのにハマっている。今日も朝から私の髪をセットする為にヘアアイロンを温めているところだ。ピピと機械の音がしてそれを合図に「なまえ」と呼ばれる。別に毎日やらなくてもいい、のだが、断るとしょんぼりするので断らなくなった。そんなにやりたいなら止めない。
ただ、突然雑な一つ縛りから(52が)いろいろな髪型を試し始めたので会社では「どうしたの」と聞かれた。「(52が)ちょっとハマってて」と答えた。最近では編み込みだとか髪を巻くだとか、そういう技も板について来ていい感じに仕上げてくれる。ありがたいのだが彼はどこを目指しているんだろうか。

「終わったぞ」
「ん、んん、ありがとう」
「? どこか気に入らないか?」

「直すか?」とさらりと聞いて来る52はヘアアイロンをカチカチしている。私は慌てて首を振った。こういうことをやられてしまうと私の持っていたものは生活力ではあって女子力ではなかったのだと気付く。
やって貰ってみればやはり見た目は綺麗な方がいいので私も自分でやろうと三日ほど努力した。したのだが、ちょっとコツが掴めてきたところで「今日も自分でやるんだな……」と52が大変に残念そうにしたので毎朝やってもらうスタイルに落ち着いた。

「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」

52はそう言って手を振ったが、家を出る時、彼はこちらの胸が痛むくらいに寂し気に笑顔を作るので、早く帰って来ようと毎朝、固く決意をする。
寂しくされると弱いのだが、本当にこれでいいのか、とも毎日思う。



なまえには毎月「好きなモノを買って良いから」と所謂お小遣いを貰っている。最近まであまり使うことはなかったのだが、今はいくらあっても足らない。今欲しいのはドライヤーだがなまえはあまり服も持っていないし、髪に合わせてアクセサリーがあってもいい。
なまえが長い間使っていなかったタブレット端末を俺にくれたのだが、それに(これはなまえもすっかり忘れていたらしい)雑誌の読み放題の契約をしたアプリが入っていた。俺は最近それで情報収集するのにハマっていて、特にファッション誌なんかを見ていると面白い。なまえはなんでもよく似合うと思うのだが、俺の服のことは気にするくせに自分のことは気にしない。ならば俺がなまえのことを気にするのは道理である、と、俺は思う。
それに資金源はなまえなのだからなまえのものを買ってもいいはずだ。悪いことではない。
悪いことではないはずなのだが、先日、なまえにとハンドクリームを買ってくるとなまえは「ありがとう」と言いつつも微妙な顔をしていた。

「好きなもの、買っていいんだからね?」
「? ああ。そうしてる」
「私のものは別に、買う必要ないんだよ?」
「でも、使うだろ?」
「いや使うけど……」

「どこが駄目なんだ」と言うとなまえは明らかに困っていた。上手く説明できなくて困っている、という風で、なまえにもそういうことがあるのかと俺はじっとなまえの言葉を待っていた。最終的に「ほどほどにね」とだけ言った。「わかった」俺としてはなまえに似合うものを選んできているつもりだし、なまえにも喜んでもらえるだろうと思ってやっているので、この件は俺にとっても複雑だった。
しかし、やめろとは言われていない。
俺の手のひらの中にはイヤリングが一組ある。「ほどほどに」と言ったなまえの顔と声とが聞こえたが、これはほどほどである、と判断した。
なまえの反応が楽しみだし、帰って来たら付けて貰おうと思う。時間を確認して家に帰った。今日の夕飯は確か野菜炒めの予定だったはず。インターネットで見た焼肉のたれを使う味付けをやってみようとスーパーに寄った。



今日は一日、52の最近の日々の過ごし方について考えていた。
好きに過ごして貰えればいい、という基本スタイルは変わらない。一層楽しそうでもある。だが、しかし。

「これ、似合うと思って」
「……」

しかしだ。

「52?」
「なんだ? 趣味じゃないか?」
「私が悪かったから、もう私のもの買ってきちゃ駄目」
「えっ」

わかっている。52は素で良かれと思ってやっているだけだ。こうしなければいけないとかまして私に媚びようだとか、そんな気持ちでは一切ない。私の言っていることを忠実に守り、好きなものを好きなように買ってきているのだろう。だからもしかしたら、これは私のわがままで、彼にとっては理不尽なことなのかもしれない。と、思いながら、52を強く見つめる。

「……好きなもの買っていいって言ったろ」
「次から私のものは駄目」
「なんで」
「私のものは私が買うから」
「けど」

「使う、だろ」52は、これは無駄遣いではない、と言いたいのかもしれない。それはそうだ。これを無駄とは思っていない。そうではなく、月に渡すお小遣いというのは『52が』困らないように渡しているのである。無駄遣いではなかったとしても、今月もう相当使っているのは知っている。無意識にでも意識的にでも自分の為に買いたいものを我慢することが出てこないとも限らない。
などと、まあいろいろ考えたが、結局私が『そうではなく』と思っているだけなので、この言いつけがどの程度の正当性を持つのか、私には判断が付かなかった。

「使うよ」
「なら」
「52」

52は肩を震わせてそろりと私を見上げた。

「最近52が頑張ってくれたから私が如何に自分を疎かにしてきたかわかった。君もダサくて地味な女と隣り合って歩くのは嫌だったと思う」
「俺はそんなこと言ってないし、思ってもない!」
「これからは自分で気を付けて、自分でちゃんとするから、52は私のものを買ってきたら駄目。いい?」

返事はない。私はそっと52の頭を撫でた。気持ちは嬉しいし、私が正しい自信もない。ただやはり、間違っている、と思うのだ。52の事情を詳しく知っている訳ではないが、52にはもっと52の生活があっていい。やりたいことがあれば相談してくれていいし、できるかぎりのことはしたいと思っている。外に友達を作ってもいい。
これは、彼には酷なことなのだろうか。
わからないまま喋っているからか、胸のあたりがずきずきと痛む。もっと普通で良い、と言うのは、私の価値観を押し付けているだろうか。

「ただ、52はセンスがいいから、相談はさせて貰おうかな。これでどう?」
「……髪は」
「ん?」
「朝、髪セットするのも、やったら駄目なのか」

「それは」言葉に詰まってしまった。詰めの甘さまで身に沁みて来る。
楽しそうにやっていることを、あまり、やるな、と頭から否定したくはない。その件については諦めてしまっていて、どうするのか考えていない。一貫性を持たせるのならやらせるべきではない。
私は私のことを自分でやる。52は必要以上に私のことをする必要はない。52は52の為だけにここで生活していいのだ。
ただ、服や小物を買う時に、どれがいいだとかどうがいいだとか、そういう話はあってもいい。なにも口出しするなと言いたいわけではない。やりすぎるな、と、そう言いたいだけだ。

「それも、やめよう。52は充分家のことをやってくれてるから、これ以上私に時間を使う必要はないよ。52は52がやりたいことを、」
「俺はちゃんと、お前が言うように好きにしてるだけだ。もっといろいろやらせてくれたっていい。俺は全部できるようになるし、お前に迷惑もかけない。お前だってその方が楽なはずだ。お前は俺を拾ったんだから、もっと俺を好きに使っていいのに」
「それじゃあまるで奴隷でしょうが」
「俺はそれでいい!」

ぱん、と乾いた音がした。
「あ」と間抜けに声を出したのは私の方だ。52は無言でぐっと耐えている。「ごめん、」叩くつもりはなかった。取り繕おうと名前を呼ぶが52は顔を上げずに俯いたまま「わかった」とだけ言った。「ちょっと待って」腕を掴むが52はそれをすぐに振り払う。

「わかった」

自分の部屋に歩いていく52の背中を見ているだけしかできなくて、私は大きく溜息を吐いた。なにやってんだ。私は。


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20200714:春編、三月

 

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