罪状:抱えきれない程の優しさ06-3


「ラーメン屋さんでラーメンなんて久しぶりだった」となまえは満足そうだった。俺は確かになまえの手料理の方が好きなはずだけれど、これはこれでいい時間だと思うので、ただ単純になまえの隣に居られるのが嬉しいのかもしれないと思い至った。
いつも行くスーパーで買い出しも済ませて店を出ようとすると、今日はここでもイベントをしているようだった。

「くじ引きだって」
「やって行くのか」
「5000円以上お買い上げのレシート一枚につき一回? あ、できるね。やろうやろう。52ほら」
「え、いや、なまえが」
「いいからいいから」
「だめだ、俺は」
「どっちでも一緒だよ」

俺たちはレシート一枚を押し付け合いながら「いらっしゃいませ」と声をかけられてしまった。なまえはレシートを渡しながら俺の背中を押している。「お願いします」話は進んでしまって、しかし俺がくじの前で困っていると、なまえはすぐに俺の手ごと一緒に取っ手を掴む。がらがらと矢印の方向に回すと、水色の玉がころんと出てきた。「おっ」と言ったのは店の男だ。

「おめでとうございます! 二等ですね。結構いいの揃ってますよ」

別の店員に「この中から好きなの選んでください」と言われ、なまえは真っ先に「どれがいい?」と俺に聞いた。パッと見ただけでは用途が分からないものが多い。「どれが……」いいのだろうか。

「これなんだ?」
「あっ、お目が高い!」

高いテンションで説明された、俺が指さしたものはこの辺りでは人気の美容院(確か、髪を切ったりする店だったはず)のシャンプーとコンディショナー、トリートメントのセットだそうだ。なまえが「あれ? それってかなり高額なんじゃ」と呟いたのを聞いて俺はそれに決めた。

「すごいねこれ、入ってるのミントの葉っぱかな……、お洒落だ……」

袋から出してただのシャンプーに圧倒されるなまえは少しだけ面白かった。



「使ってみないのか?」と言う52の言葉に、じゃあ折角だからと一通り試して見ることにした。試してみるとこれがとんでもなくて、いつもは指通りすら悪い髪を、さらりと指が抜けていった。嘘みたいにさらりとしているので何回か確認した。何回確認しても嘘みたいだが嘘ではない。
私は寝間着に着替えてリビングに飛び出した。

「52、52!」
「な、なんだ? どうした?」
「あれすごいよ!? ちょっとこれ信じられないくらいさらっさらなんだけど一体何が起きたんだろう?」
「? どうした?」

二度聞かれてしまった。かつてないほどテンションが上がっているので私はそのまま52の手を取り「ちょっと触ってみて」と自分の髪の方に持っていく。
ソファに座っている52の横で、床に膝をつきながら頭を差し出す形で、52に無理矢理髪を触らせた。

「……すごくない?」
「……」

私は52から手を離すが52はさら、さらとゆっくり手を動かしていた。「普段がどうかしらないから」わからないけど、と言ったのだろうか。それはその通りだが、それを差し引いてもかなりいい感じだと思う。

「気持ちよくない?」
「……」
「触り心地がやばい。52も使っておいで」
「ん、いや、まだ」

「ん?」興奮気味にさっさと風呂に入ってこいと言うと「でも、」と口をもごもごさせていた。「あ、ごめん、テレビいいところだった?」気分でないならまだ後でもいいが。

「いや、行ってくる。俺も使っていいのか?」
「いいよ。二人で当てたやつなんだから」

数分後に私と同じようになっているところが見えるかと思ったのだが、52は思ったよりも静かに戻ってきて、さっき私がしたように、ソファに座る私の近くで膝立ちになった。そしてさらに同じように私の手を掴んで自分の頭の上にのせる。

「どう、だ?」
「うん! いい感じだね。うーん、これは、これはいいなあ……」

反対側の手も持ってきて撫で回すがどこを触ってもさらさらしている。五百円のシャンプーと一体何が違うと言うのか。真剣に考えていると、52に「なまえ」と呼ばれた。しまった、人の頭だった。

「あ、ああ、ごめんね。つい夢中に」
「!」

ぱっと離すと52は名残惜しそうに目を開いてこちらを見た。もしやと思い再び頭に手を乗せると緩みそうな表情を無理やり引き締めている。いや、しかし上手くいっていない。ふわふわと浮つく気配がとても「かわいい」あっ。

「え?」

しまった。ついに口に出してしまった。あまり嬉しくないだろうと言わなかったのだが。「か、」52は言葉の意味を考えて「かわいくない」と弱々しく否定した。言葉は否定したが、撫でられて気持ちよさそうにしているので、いや。これは。

「かわいい」
「かわいくはない」

潤んだ目で睨まれたので、やっぱり頭を撫でながら「ごめんね」と笑っておいた。私はその後何度か溢れ出そうになる「かわいい」を胃のあたりに押し込めてしばらく52を撫でていた。
眠いのか気分がいいのか、52はぼうっとした顔でこちらを見上げて立ち上がり、私の頭に手を伸ばした。お互いにこの触り心地が癖になってきたという訳だ。

「こういうの、なんて言うんだろうな」
「なんだろうね、よく聞く表現だとほら、さらさらとかしっとりとかそういうのでどうだろう」
「手触りの話じゃなくて」

「手触りの話じゃないんだ」と52はしかし私の頭を撫でていた。「そうじゃない」私は大人しく52の言葉を待つ。ヒントが欲しい様子でもない。そうやって悩む瞬間さえ愛しいというように穏やかに無言だった。漂うのは、シャンプーの匂いだ。オレンジを中心にさっぱりとした果物の香りがしている。

「髪、また触ってもいいか」

「俺のも触っていいし、たまになら、さっきのも、言っていいから」と52は言った。こんなに気に入ってくれたなら、次からシャンプーコンディショナーはあの店のを買わなきゃなあと私は笑った。「いいよ」手触りの話じゃない何かがわかるまで髪くらいいくらでも触ったらいい。

「本当にいいのか」
「いいよ」
「そうか」

「わかったら、また聞いてくれ」と52は微かに笑う。「うん。聞かせてね」と言うはずだったのだが、実際に口から出たのは本日三回目の「かわいい」だった。52は「かわいくない」と否定したが、言ってもいい、と自分から言った手前、それ以上は拒否しなかった。
この日から、私は52が可愛いと思ったら遠慮なく頭を撫でるようになり、52は何かに目覚めたように私の髪をいじるようになった。


-----------
20200713:冬編2月、完

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -