罪状:抱えきれない程の優しさ06-2


料理を作るようになった。それでようやく、少しだけなまえに報いているような気持ちになったのだが、せっせと俺でも作れそうなレシピをピックアップしたり、買い物メモを作っているところを見ると、余計な手間を増やしただけではないか、とも思う。
しかし、なまえは「決まっていると楽だし、今までやろうと思ってやってなかったことだから丁度いい」と笑っていた。彼女はなんでもかんでも丁度いいとかこれでいいとか理由を見つけて納得してしまうから、本当にそう思っているのか、実はそうではないのか、わかりにくい。無理をしてさえいなければそれでいい、と俺は思いながらなまえの帰りを待つのである。
俺にしてみれば(料理はなまえが作った方が美味いとは思うものの)料理を食べて貰うのは楽しいことでもある。なまえは「美味しい」といつも言うし「ありがとう」とも言ってくれる。世話になっているのだから当然、とは思うが、なまえはもっと「適当」で良い、と言う。なまえの言うことは時々難しい。

「あ、おはよう。52」
「おはよう」

更に言えば、俺はもっといろいろこの家の事やなまえのやっていることをやりたいのだけれど、朝とそれからその日の昼はなまえが作ってくれている。起こしてくれたら手伝う、と何度も言ったが全く起こしてくれる気配がないので俺は自力で起きようと努力している。のだが、どうしてか、ベッドの中でなまえがキッチンの方でたてる音を聞いていると眠ってしまう。今日は甘い匂いも漂っていて余計に眠くなる。
眠くなるが、予定もあるので這うようにしてリビングまで来た。なまえに起こしに来てもらうなんて手間をかけさせる訳には行かない。

「じゃあ52、今日の予定を確認します。どうぞ」
「今日は、この後電車でデパートに行く。で、昼飯は外で食って帰りに買い物する」
「うん。帰って来たらこれ、食べてね」

これ、と言って示されたものを見に行く。甘い匂いの正体だ。紙のカップにチョコレート色の菓子が入っている。マフィン、に似ている。

「なんだこれ」
「フォンダンショコラ。これね、冷蔵庫で冷やして、で、後からレンジで十秒ぐらいあっためて食べるの」
「……冷やしたのに温めるのか?」
「そうそう。あっためなくても食べられるけど、後は帰ってからのお楽しみってことで」

バレンタインというのは、この国(となまえが表現した)では主に世話になった人へチョコレートを贈ったり、好きな人や友人同士でチョコレートを贈ったりする日であるらしい。盛り上がっているのはチョコレートを贈るのと同時に告白をする、という層である、となまえは言った。俺はカップに入った菓子となまえの顔とを交互に見る。

「ん?」
「いや、その」
「どうかした?」

何故だか、今まで他の誰かにあげたことがあるのか、と言うようなことが気にかかった。聞いてみようかと思うのだが、聞いたところでどうするのだと冷静な俺が制止をかけてくる。悩んだ挙句「なんでもない」と出来上がった朝食をテーブルに運ぶのを手伝った。今日は野菜のサラダにフレンチトースト、それから焼いたウインナーが数本だ。時々赤く変な形をしているのを焼いていることもあるが、今日は違う。

「多分旅行の時の比じゃないくらい人多いから、ケータイ持って行ってね」
「わかった」

なまえに貰った時計を付けて(これを付ける時、つい数秒文字盤を眺めてしまう。動いているのがいつも面白い)、これもまたなまえに貰ったボディバックに必要最低限のものを詰め込んだ。

「よし。準備オッケー?」
「オッケーだ」

言葉を正しく使えたらしい。なまえは柔らかく笑ってくれた。
俺達はニ十分程電車に乗って、そしてそのデパートにたどり着いた。開店前だったので開店待ちの列(普段はこういう列はないらしいが)に並んでなまえはスマートフォンでパンフレットを眺めていた。

「ふふ、今年は52がいるから売上一位の店の列に並んじゃうかな」
「並ぶのか?」
「せっかく朝から来たしね」
「俺は、そんなに良いやつじゃなくてもいい」

帰ったらなまえの作ってくれたやつもあるし、と、思うのだが俺のその言葉を聞くとなまえは照れたように笑った。

「ああ、ごめんごめん。52がっていうか、私がこう、52がいるのをいいことに並んで買ってみたくて……。付き合ってもらってもいい? もしあれなら他のコーナー見ててもいいけど」
「そういうことか」

それなら良かった。なまえの為にやるのなら断る理由もない。俺は「わかった」と頷いた。それと同時に開店時間になって列が動き始めた。
結論から言うととんでもなかった。バレンタインを舐めていた。人は増えるばかりで減る様子が見えない。一瞬でも気を抜いたらなまえを見失ってしまいそうだった。
それでも、なまえの言う店の列に入ると落ち着いた。のだが、立っているだけで色んな人間にぶつかる。なまえは俺がどこかに行ってしまわないようにだろう、バックの紐を空いている手で握ってくれていた。
それにしてもこの人数、一体どこにいたのだろうか。女ばかりというのも異様で、ここにいる全員がチョコレートを目当てに来ている、と言うのもピンと来ない話だった。

「大丈夫? 疲れない?」
「疲れてはない。ただ」
「うん」
「驚いた」
「あはは。うん。私も毎年毎年驚いてる」
「毎年来てるのにか」
「年々規模も大きくなって人も増えてるからしょうがないよ」
「そういうものか」

俺がじっと考え込んでいると、なまえは俺の肩をぎゅっとなまえの方へ寄せた「っ」寄せられるまま近付くとチョコとは違う匂いがして、ぱっと顔を上げる。

「ごめんね。ぶつかりそうだったから」

なまえはそっと手を離してそう言った。元の距離感に戻ると、列が少し動く。大晦日の鐘の時も列に並んだが、あれとは比べ物にならないくらい進みが遅い。なまえはちらりと時間を確認して言った。

「そう言えばお昼どうしようか。なにがいい?」
「俺は別に、なんでもいい」
「食べたいのない? なんでもあるよ」
「食べたいやつ……」

俺も俺でレストランの情報を眺める。食べたことがないものもある。悩んでいるとなまえは俺の答えが出るまで待っていてくれる。まだこっちの買い物は終わらなそうだから、ゆっくり考えることにした。
そして俺の今日の考えはことごとく予定通りに行かない。店の中に入れるとなまえは事前に決めていたものだけを手に取ってぱっと買い物を終わらせた。

「すぐ終わらせるからもう二、三店いい?」
「ああ」

ああ、と短い返事をしただけなのに、二文字目で人とぶつかった。そのまま流されそうになり、なまえも俺も慌ててお互いに向けて手を伸ばす。

「52」
「なまえ、」

ぱし、としっかり手を握ると、俺はほっと安心した。こうしていると絶対に大丈夫、そんな気がする。
なまえは宣言通り目をつけていたらしい店を二三件回って手提げの紙袋を増やしていた。その後、チョコの匂いが充満したイベントスペースから脱出し、悩みに悩んだ末、とんでもなく厚いチャーシューの乗ったラーメンを食べた。
疲れてない、と思ったが、舌に張り付くような油と後を引く味の濃さに満足感を感じる程度には、疲れていたようだ。
「人混みは疲れるねえ」となまえは言った。


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20200712:体がカロリーを求めた…

 

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