罪状:抱えきれない程の優しさ06


52が簡単な晩御飯を作って待っていてくれるようになった。
週末に一週間分のメニューを決めてしまって、買い出しもまとめて二人で行く。細かい買い忘れは私が買って帰ったり、52が買って来たりといろいろだ。最近はもう買い物にも慣れたみたいで、緊張している様子はない。
そしてレシピだ。大体基本は教えてあるから、レシピ本がなんとなく読める程度にはなっている。印刷して番号を付けてファイルに保存してあるので夕方頃になると52が今日の予定を見て該当するレシピを見ながら作る、というシステムである。もちろん私も早く帰ることができれば手伝うし、これは強制ではない。

「やりたくない時は言ってくれていいよ」
「やりたくない時……?」

夕方外に出たいこともあろうと思って言ったのだが、52は何を言われているのかわからないという風に首を傾げていた。

「外食したいとか、外に出てたいとか、単純に面倒臭いとかそんな理由で」
「外食したいのか?」
「いや、私じゃなくて52が」
「俺が?」

「俺は」と52はちらりと私の顔を見た。それから彼が自分で作ったカレーに視線を落とす。無言である。なにか言いたそうなので、私はカレーを食べながらじっと待つ。ニュースが流れていて、明日の天気予報をやっている。明日は晴れらしい。

「俺はなまえの料理の方が好きだ」

自分の思っていることをそのまま言葉にできた喜びだろうか。52は満足そうにカレーを食べているが、私はあやうくスプーンを落としそうになった。つまり、外食するより私が作った方がいいと、彼はそう言ったのである。土日はより気合を入れて作ると決めた。
天気予報は終わって次のニュースになった。二月と言えばこれですよね、とアナウンサーが小さな箱を体の正面に持って来た。ああ。そんなイベントあったなあ。
52もそのニュースを見ていたようで、「なあ」と私の方を見る。

「ん?」
「バレンタインってどういうイベントなんだ?」
「ああ、えーっと、まあ、大体ニュースでやってる通りだけど、私は毎年……、ああ、ほらこれ」

デパートの催事場で行われる大規模なチョコレート販売会だ。毎年とんでもなく人が集まり、売り上げトップスリーに入るような店はいつ行っても長蛇の列ができている。丁度今日からはじまったらしい。毎年見る景色がテレビに映し出される。

「これ行って自分で買ってるね。チョコレートのお菓子作ることもあるけど」
「ふうん」
「52はチョコレート好き?」
「なまえが先月作ってくれたあれは?」
「ん? ブラウニー? まあチョコの分類かな」
「美味かったから、あれは好きだ」
「……、ちなみに、私が52にあげるとして、この販売会で買って来るか手作りだったらどっちがいい?」
「えっ」

好きなものは教えてくれるようになったが、イマイチ、彼自身がして欲しいことやりたいことを自分から言い出すことが少ない。私の時間やお金が必要になることだと意識的に反応しないようにしているようでもある。注意深く見ているが、全てを拾うのはやはり難しい。
なので、どちらがいいか、という質問から慣らしていくということを今、やっている。
52は俯いてはなにか言おうと口を開きかけて、しかしなにも言えなくてきゅ、と口を閉じる。何度か繰り返したのを見届けて聞いてみる。

「買ってきたやつの方が美味しいかもよ」
「……」

52はちらりとこちらを見た。それから眉根を寄せて視線を下の方でさ迷わせている。

「たまには作らないと作り方忘れちゃうから、作ってみようかな?」
「!」

ぱっと顔を上げて目をキラキラさせている。うーん。この子は。見た目から推測するに中学生くらいだと思うのだが、世の中の中学生の男の子というのはこんなに可愛いものだろうか。もう少し見ていたくて選択肢をひとつ増やす。

「それか、一緒に買いに行くのもいいのかな。試食とかイートインとかあるし、人は多いけど楽しいと思う」
「!!」

52は出かけるのが好きなようで、買い物にも必ず付いてくるし、なんなら電池を買いにコンビニに行くとかでも付いてくる。けれど「どこどこに行きたい」とか行きたい場所を自分から言うことは無いので遠慮されているのだろう。
しかし、この時点で一つ目の選択肢は消えた。52は真剣な顔で考え込んでいる。

「……それは」
「うん」
「どれか一つに決めないと駄目か……?」
「んん……」

それは、ほとんどあと二つの選択肢がどちらも捨て難い、と言っているようなものだ。私は「ううん」と首を振る。「どうしたい?」わかっていてわざと聞いている、とバレたら怒られるだろうか。

「このイベントも行って、なまえの作った菓子も食いたい」

顔を赤くして52はそう言い切った。「いいよ、わかった」返事は秒でした。そうでなければあまりの可愛さに変な声を上げそうだった。「えっ、いいのか」「いいよ」「本当に?」「絶対いいよ」52は最近、だいぶ表情も豊かになってきた。ゆるゆると力が抜けていくのがわかる。控えめで慎ましく、そして何より不器用に、彼は笑顔を作った。

「楽しみだ」

52はひっそりと、私にしかわからないようにそう言った。そういう時、52は私があげた腕時計を満足そうに指先でさすっている。


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20200711:冬編、2月

 

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