罪状:抱えきれない程の優しさ05-3


旅行から帰ってくるとまず、52に連絡用のスマホを持たせた。もちろん彼の出自を詳しく知らないので、私の二台目のスマホ、という体で用意したものだ。
彼は覚えが良く、あるいは、私が触っているのを見てだいたいできることを知っていたらしく、一日もしないうちにすっかり使いこなしていた。

「それでいつ迷子になっても大丈夫」

私が言うと、52はあの事件を恥じているようで赤くなりながら「も、もうならない」ともごもご否定した。
あの後は同じことがないように52の手を引きながら観光した。と言っても、夜は蟹を食べて、温泉(部屋についている露天風呂、52が大浴場と聞いて微妙な顔をしたためこっそりそういう部屋を用意した)に入り、次の日の朝早起きして海を見ただけだ。
帰りは疲れてしまったのだろう。電車の中で52はほとんど眠っていた。肩を貸しながら時々52の頭を撫でて、あたたかい時間だった。また長期の休みがあれば計画を立ててもいいかもしれない。
残りの休みは何をするというわけでもなかったが、私も一緒になって街を探索した。52の行動範囲もわかり面白かったのだが、徒歩だけだと活動範囲も狭まるだろう。
スマホの使い方のレクチャーついでに電車やバスの乗り換えを調べながら行動範囲を広げられるように少し遠くも連れて歩いた。職場のビルを指さして「私は毎日ここで働いているんだよ」と言うと、52は「へえ」としばらくビルを見上げていた。
五日間はそのようにして過ぎていった。
料理を覚えたいらしい52は私と一緒に餃子を作り、その後に、これもまた52と作り、昨日冷やしておいたプリンをつつきながら連休の最終日は過ぎていく。
「明日からまた仕事かあ」としみじみ呟く。「……あっという間だったな」と寂しそうな声が帰ってきたきり、52はこの夜、何かを考え込むようにじっと黙っていた。



宿で夕食を食べたら、と思っていたのがうまくいかずに、帰りにはきっと、となり、帰りに無理だと明日こそはと思うのだけれど、もうなまえの休みは終わってしまった。
俺はなまえと行った温泉街の店で買ったものを見下ろした。小さな袋がちょこんとそこにある。ベッドの上で睨み合っているが、これがひとりでになまえの所へ行ってくれるということは無い。俺が渡さなければ。
今からでも部屋に行くか、と思うのだがなまえの「おやすみ」と言った声や夜の静けさが邪魔をする。明日。明日の朝こそ絶対に。俺はそう決めてベッドに潜って丸くなった。ここはいつでも暖かい。

「じゃあ、いつも通り適当に過ごしてていいからね」
「わかった」

朝食を用意してなまえが起きてくるのを待とうと思ったのだが普通に寝坊した。用意された朝食を二人で食べ終えて「よし」と立ち上がるなまえに合わせて俺も立つ。これはいつものことなので玄関までついて行ってなまえを見送る。右手はポケットの中にある。これはいつものことではない。

「行ってきます」
「い、ってらっしゃい」

では無く。そうじゃなくて。右手に握りこんでいるやつをさっさと渡せ。自分自身を叱りつけるが体が動かないし、考えていた言葉も出てこない。なまえがくるりと体を反転させた時、ようやく左手でなまえの手首を掴んだ。

「ん? どうした?」
「こ、れ」
「なに?」

なまえに、と言いながら、ぐちゃぐちゃになった包装紙を渡す。紙袋に見覚えがあったのか、そのテープが他の店と共通だったのか、なまえは「あれ、これって」と声を上げた。
色々疑問はあっただろうが、受け取ってくれると深くは聞かず、俺の顔を覗き込むように目を合わせて「ありがと」と笑った。

「あけてもいい?」
「ああ」

信じられないくらいに心臓がどきどき言っている。なんでこれで人間は生きていられるのだろう。なまえは袋の中からブレスレットを取り出した。俺が、周囲が見えなくなるくらいに夢中になって選んだ、オレンジ色がきらきら光る、天然石(と言うらしい、店員が熱心に説明してくれた)の、ブレスレット。なまえはあまりこういうものを付けていないけれど、雑誌を置いておくと眺めていることもあるし、嫌いという訳では無いはずだ。

「……これを、選んでくれてたんだね」
「わ、悪い」
「ううん。ありがとう。凄く嬉しい」

なまえは早速左手の手首につけてくれた。キラキラしていて、思った通りになまえによく似合う。細い手首を見つめるなまえは本当に嬉しそうに笑っている。よかった、と俺は肩から力が抜けていく。

「なら、お礼しないとね」
「え、いや、それは俺が普段世話になってる礼なんだから、なまえから礼なんて」

「あれがいいかな」となまえはぱたぱたと部屋に戻りそしてすぐに戻ってきた。

「52。腕出して」
「でも」

だって。そんなの。貰ってばかりになってしまう。プレゼントとは言っても元手はなまえだし。だからつまり、俺が何かものを貰える道理はないように思えた。けれど、これは慣れだろうか。なまえにたくさんのものを貰いすぎて、貰えることに抵抗が無くなってるのかもしれない。俺は大人しくなまえの言うように腕を差し出した。
なまえは俺の服の袖を少し押し上げてなにかを腕に着けてくれた。ひやりと、無機質な冷たさを手首に押し付けられた。驚いたが、すぐに温まってきた。

「はい」

なまえの手が離れていく。
「ちょっと大きいか。次の休みに合わせて貰いに行こう」俺はじっとなまえがつけてくれたものを見つめる。針の奥で歯車が動いているのが見えている。新品ではないようだが、衰えているようには見えない。力強い印象を受けた。

「これ」
「どうだろう?」
「これ、俺が貰ってもいいのか」
「ああ、52似合うね」
「似合う、じゃなくて」
「カッコイイよ」

俺は一気に顔が赤くなった。かっこいい。言葉の意味は分かるが言われたのは初めてだ。「あ、」とか「違う、」とか俺が目を回しているとなまえは俺の頭を撫でた。

「行ってくるね」

どうにかこうにか「ああ」と片手をあげた。ここ五日間気にしていたことをやり終えて、とんでもなくいいものを貰ってしまった。
改めて時計を見る。中の機構が透けて見えるデザインが面白く、ずっとながめていられる気がした。動いている。

「動いてる……」

手首に着いてるそれはサイズがあっていなくてがたがたと動くけれど、すごく気に入った。
なまえが帰ってきたらもっとちゃんとお礼を言おう。そう心に決めてなまえを待ち始めるとなんだか時間がやたらと長い。ここ数日の時間経過の速さはなんだったんだとつい時計に話しかけてしまった。
返事はない。時計は(たぶん)同じ速度で時間を刻んでいるだけだ。


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20200708:冬、一月編終わり

 

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