罪状:抱えきれない程の優しさ05


この世界におけるルールみたいなものをなんとなく把握しはじめた。どうしてかはわからないが俺が知っているルールとの共通点もあった。
だから俺は、クリスマスが終わってから、その時を楽しみにしていた。
休みの日にせっせと家の掃除をするなまえを手伝いながら(年の瀬というのはそうするのが決まりらしい。元々は父親の部屋であったという今の俺の部屋を隅から隅まで拭き上げた。いらないものを捨てるのも手伝って欲しいと言われて手伝った。使っていない棚や、服などを片付けると、部屋が広くなったような気がした。何より、なんだか清々しい。「掃除っていいもんだな」と俺が言うとなまえは「その年でそれに気付けるのはすごい」と笑っていた。
いや、それが嬉しかったとか、それはそうなのだけれど、そうじゃなく。
俺は楽しみにしていたのだ。
テレビのニュースでやっている、年末年始、というものを。



「え、仕事」
「どうにか一日だけは休みだけど、それ以外はちょっと世間のようにはいかなくて……」

52はあまり表情が豊かな子ではないのだが、考えていることが雰囲気に出やすい。クリスマスが終わるや否やニュースは年末年始の話題で持ちきりであった。だから、そちらのイベントも楽しみにしていてくれたのだろう。大掃除は(休みがないせいで少しずつ)進めているけれど、他のイベントは正直自信がない。31日は仕事から帰ってくるその足で近所の神社にお菓子を貰いに行くくらいはできるだろうか。1日は元気だったら初詣に行きたいが、それは無理かもしれない。おせちは用意した。おせちを買うのなんて久しぶりだが、意外とバカにできない通販の冷凍おせちを注文しておいた。残念ながら手作りしている余裕はない。
とまあ、用意はしているが、クリスマスほどゆっくりはできない。いくつ年末年始のイベントを消化できるかは私の体力にかかっているわけだ。

「そうか……」

52はしゅん、と下を向いて床を拭いている。

「ごめんね。本当は大きな神社とか連れてってあげておみくじとか引きたいけど」
「いや……そうじゃない」
「ん?」
「連休ってのがあるってやってて。今年は最大九日とか」

だから、俺は、と言う52を見ながら私は「そっちかあ」と頭を抱えた。そっちか。52は季節のイベントに参加できないことではなく、私にもその連休が、年末年始にあると思ったのだろう。予想に反して仕事だから、残念がってくれているという訳だ。
一緒に暮らし始めて一月が経過した。流石に52もここでの生活に慣れたようで、普通に寛いでくれているし、私のような地味な女にも懐いてくれている。

「じゃあ、家に居ないんだな」
「普段よりいないね」
「普段より……?」

52は眉を下げて顔を上げた。どうにかいつもの調子に戻ってほしくていろいろと私が考えていたことを紹介する。「でも、ほら、お餅も買ったし、大晦日は神社行くし、元旦はお雑煮して、おせちは用意してるし、結構盛沢山だよ」と手の中のカードをフルオープンである。

「仕事なんだろ?」
「はい……」

とんでもない罪悪感である。とは言え今年はどうにもならないので「また来年は絶対」と言いかけた。言わなかったのは、軽率に来年の約束などしてもいいかわからなくなったからだ。52が欲しいのは恐らくそんな適当な約束などではなく。

「年末年始は休み少ないけどね、その代わりに一週目以降にまとめて休み取っていいことになってるから」
「まとめてって、何日だ?」
「五日」
「えっ」

年末年始? 仕事だよ。と言った後彼が返した「え」と同じ一文字なのに、込められた感情は正反対だった。「五日」隠す気はないのだろうが、ほわほわと嬉しそうなのが隠せてい。私はひとまずほっとする。その五日で何をするか、窓の掃除まで終わったら一緒に考えてみようか。私が掃除に戻ると「あっ」と52は声を上げた。

「けど、実家? ってのに帰るんじゃないのか」
「……テレビでやってた?」
「やってた」
「ああー、いや、私は帰らない」
「そうなのか。テレビって案外あてにならないな」

正確には帰れない、だけれど。
52はその部分には深く触れずに、うってかわって上機嫌に掃除を進めた。



今日は昼過ぎまででキッチンと窓を掃除した。次の休みでリビングとベランダを掃除したら掃除は完了である。なまえは昨日の内に用意していたらしい昼ご飯を焼き上げた。なまえがくれるものはなんでも美味いけれど、最近、できたものをすぐ食べる方がずっと美味いと気付いた。のだが、俺用にと作っておいてくれる弁当を朝に摘まむと「こら」と緩く怒られた。「朝ごはんはこっち」俺はいつもなんとも擽ったい気持ちになった。
チーズの焦げる匂いがしはじめた。

「なんだそれ」
「グラタンだよ」
「前食ったのとは違うのか」
「今日のは甘辛く味付けた鶏肉がごろっと入ってます。あとブロッコリーとコーンのサラダ」
「へえ」

聞いていると腹が減ってくる。あとどのくらいできるのかと電子レンジのタイマーを確認すると、まだあと十分はこのままらしい。俺がレンジの前で中身の様子をじっと見ているとなまえは後ろで小さく笑った。

「52、サラダにツナ入れる?」
「入れる」

飲み物を用意し始めるとなまえは「ありがとう」と笑った。俺は居候なのだから、もっと使ってくれていいのに。なまえはどちらかと言うと俺が本に夢中になっていたり、部屋でくつろいでいたりする方が嬉しいようだ。それでも、そんなことでは俺自身がいたたまれないので出来ることは手伝うのである。
食事が終わると、俺が食器を洗った。洗い終わって手を拭くと、なまえがどこからか雑誌の山を持ってきて机の上にバサバサと置いた。

「さて、52」

なまえは得意気に腰に手を当てた。これは地名らしい文字が雑誌の真ん中に大きく印刷されている。

「旅行に行こう」
「旅行?」
「旅行」

行く、と言うのだから家を開けるのだろうか。必死にここに来て色々増えた辞書を引いて当該する知識を探す。「ほら、温泉でもテーマパークでも観光でもいいんだけどね。一泊二日とかで。あ、冬だし蟹もいいか」上手く反応できないうちになまえはぱらぱらと雑誌の中身を開く。俺は怖々それを覗き込む。
なまえが提案することなのだから、きっと楽しいことだろうけれど。

「行ったことある?」
「たぶん、ない」
「なら旅行とは何かって話しからだね」

それは、知らなければおかしいことでは無いのだろうか、と思うのだが、なまえは俺のことはそういうものだと思ってくれているらしい。特に不思議がるでもなく、旅行とは何か、という話を始めた。

「とは言っても難しい話じゃなくて、ここじゃない土地に遊びに行くってことだね」
「ここじゃない土地」
「ほら、こういう」

なまえは雑誌の最初のページについている地図を適当に広げた。「これはガイドブックみたいなものでね」その地図の土地にある面白いものを紹介しているのがこの雑誌なのだそうだ。あまり詳しくない土地へ行くから地図が必要。なるほど、と俺は思う。

「52、私がいない時に結構この街散策しているでしょう? そろそろ別の土地も見に行ってみよう」
「……なまえも行くのか」
「行くよ。旅行なんて久しぶりだけど、52がいれば絶対楽しい」

俺は途端にその雑誌の山が輝いて見え始めた。「今日の午後の予定は旅行の計画を立てることね」なまえは言う。

「52も手伝ってくれる?」

俺はばっと顔を上げた。

「わかった!」

自分でもびっくりするくらい、興奮した声が出た。こんな声も出せたのだな、と俺は戸惑ったのだけれど、なまえは穏やかに笑ってくれたので、きっと、悪いことではない。


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20200706:冬編一月旅行編

 

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