世界は塗り替えられた/火縄


羨ましいとは思っていないだろう。間違っても私のようでありたい、と考えている訳では無い。ならば何か、と言われたら、恐らく、気晴らし程度のものなんじゃないか。私はぼんやりとメガネを通しても圧の強い目を見つめた。
こうして、執務室に二人だけになることが、時々ある。

「世界は変わると思うか」

そして、そういう時、火縄は些か難しい質問を投げる。私は手を止めずに考える。それは何について話しているのか。わからないが、一つ、言えることがあるとしたら。

「変わるのは人じゃないのかな。あるいは、自分とか」

会話の内容が抽象的だから、お互いにテンポがゆっくりになる。火縄はじっと考え込んでいる。「ああでも」私はこの時間が嫌いではない。

「ヴァルカンとかリヒトとか、あの子たちは世界の仕組みを変えてしまうようなものを作る事もあるかもしれない」

もっとも、それが火縄の言う世界を変えること、と一致しているかは不明だ。火縄は「そうだな」と笑った。何を確かめたのかわからないまま会話は終わりそうになった。私にだけ喋らせておいて「火縄は?」どうなんだ。

「どうだろうな。難しいことだ、とは思う」
「あはは」

「何故笑うんだ」火縄は不満そうにむっとして私を見る。面白かったからだ。「いや、火縄はこの隊で世界を変えようと思ってるんだなと思って」言うと、ただでさえ見開かれた目を余計に丸くして、とうとう手が止まった。この問答で手が止まるのは珍しい。「そうじゃなかったら、難しい、なんて言葉は出ない。それは、目的に対して何が障害になりうるか考えたことのある人間の言葉だよ」また、私は笑った。

「馬鹿らしい、と思うか?」
「いや? 人間、ダイエットでもなんでもそうだけど、これは自分にとって難しいことだって認識してる方が遂行確率があがるらしいから。着実に前に進んでいるという気がするね」
「馬鹿にしてるか?」

「してないよ」と否定するが、火縄の表情は複雑だった。「してない」二度言う。

「ダイエットと世界を変えることじゃ、規模が違うだろう」
「まあそうだけど。ある意味では同じこと、とも言える」
「自分を変えることだからか」
「自分にとっての世界は、案外簡単にかわる」

「有名な例だとほら、恋をするとか」と私が言うと、火縄の体がぴくりと動いた。そして、何か言いたげに口を開く。しばらく火縄の言葉を待っていたが、火縄はいつも通りにきゅっと口を閉じて仕事に戻った。
戻ったと思った、十秒後だ。
まるでカウントダウンをしたみたいに十秒経った後。

「その通説は、随分前に身をもって知った」

あまりに興味深いことを言うので「へえ」なんて言いながら顔を上げる。軍時代から知り合いだが、火縄と恋バナをする日が来るとは思わなかった。一体誰がこの男の心臓を射抜いたのだろう。私は気になって水を向けようとするが、火縄があまりに真剣な顔をしているものだから茶化せなかった。

「好きだ」

ああ、なるほど、と私は思う。そういう感情だったのか。と、妙に納得した。いつも通りのテンポでゆったり構えていたのだが、火縄ががた、と立ち上がり私の椅子を回し向かい合わせた。ばん、と両肩に火縄の手が乗る。勢いがすごい。

「返事は?」
「今から筋トレするんじゃないんだから」

言うと、火縄はゆっくり私の肩から手を引いて「すまない。勝手が分からない」と弱気なことを呟いた。

「それにしても、いや、本当に?」
「本当だ」
「桜備大隊長、なんか言ってた?」
「成就した暁には全力で祝ってくれるそうだ」
「はあ」

それは凄いなあ、とぼんやりしていると火縄が焦れたように「返事は」ともう一度聞いてくる。フラれるのならさっさとフラれてしまいたい、と考えているのだろう。私はそっと火縄の手に触れる。骨が出っ張っているところに指を這わせて、几帳面に揃えられた爪を見る。ひとしきり観察した後にぎゅ、と指を絡ませて握る。

「火縄、私は」
「……」

見上げた火縄の顔が熱でもあるのかと言うくらい真っ赤で、私もつられて照れてしまった。「あ、ああー……」酷い有様だ。十代の子供でもあるまいに。火縄も、ぎゅ、と手のひらに力を込めた。三度目の「返事はどうなんだ」にようやく焦り出す。

「か、んがえさせて貰っても?」
「わかった。期日は一週間だ。それ以上は待てない」
「ええ……?」
「一週間でハッキリした答えが出せない場合、なまえには俺の恋人になって貰う」
「おああ……」

「事務仕事じゃないんだから」と呆れていると「これ以外にどうしろと?」と自棄になったような声がした。私はこの時、まだ呑気に笑っていた。火縄はむっとした顔で、私の余裕(のようなもの。正確には鈍いだけだ)を奪うために私の唇に噛み付いてきた。

「と、突然だなあ」
「突然なものか。俺はずっとこうしたかった」

一週間後、まんまと火縄のことばかりを考えるようになった私は、できることなら火縄と同じ世界を見たいと、そう思った。


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20200621:ひなわ夢少ないなと思って。

 

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