紅の片恋


かわいいだとか綺麗だとか、そういうことを考えていたわけではない。ただ、見かけるとなんでか目が離せなくて、落ち着かない。見かけないとなると無性に姿が見たくなって、浅草の町を探してしまう。そして、見つける。すると気づく。俺はなまえに会いたがっていて、顔を見れるととても嬉しく思っているということを。
ガキなりに、これは普通のことではないと焦った。紺炉には当然のようにバレていた。先代にもバレていただろう。ただ、一番知って欲しい相手は一向に気付いてくれない。

「紅丸……、そんなに気になるなら声かけりゃいいだろ」
「……」

町の連中と話をするなまえは俺と同じ年のくせに俺よりずっと落ち着いている。子どものくせに感情に任せて怒っているところを見たことがない。なんなら、大人の喧嘩の仲裁に入るくらいにしっかりしている。俺も何度か止められた。どうしてか素直に言うことを聞いてしまう。他の奴らもそうなのだろう。だから、なまえは町の連中に頼られることも多いのだ。

「さっきかけた」
「なんだ。そうなのか。どうだ? でえとの誘いくらい出来たか?」
「でえと?」
「逢引のことだよ」
「あ……!?」

紺炉が俺をからかってそんなことを言う。それは放っておいて、だから、つまり、あいつは忙しいのだ。俺が「よお」と声をかけて「ああ、おはよう」と返ってきて、何を話そうかと思っている間に他所に取られた。「なまえ、ちょっと来てくれ」と言われて「はーい」と寄っていく。当然大した用のない俺は引き留める術を持たないのである。今となっては、恨めしく睨み付けることしかできない。

「なまえは、今日も元気そうだな」
「ああ……」

紺炉がにやにやしている気配があるが、知らないフリでなまえを見ている。用が終わるのを待っているのは紺炉にはお見通しなのだろう。なまえが解放されるとすかさず「ほら、今ならもう一回行けるんじゃねェか?」などと急かす。「うるせェ。わかってんだよ」と紺炉の腕を振り払いながら前に出るが、この瞬間を狙っていたのは俺だけではなかった。次はこっちで話聞いてくれ、だとか、いやこっちを手伝ってくれ、だとか、何人かが一気に押し寄せる。

「あーあ……、人気者だなァ……、流石、紅丸が好きになるだけのことはあるな?」

なまえはそれだけの人間に囲まれても嫌な顔一つせずに一つずつ受け答えをしているようだった。俺はそれをまた眺めているだけだ。少し前まで顔が見えているだけで満足していたが、最近は俺以外の誰かと仲良くしているところを見ると、どうにも調子が悪い。今日のところは挨拶ができただけで良しとするべきだろうか。「おーい、なまえ!」俺の肩がびくりと跳ねる。火消仕込みのバカでかい声でなまえを呼んだのは紺炉だった。
なまえの光を湛えた眼がこちらを見る。見られたら見られたで、心臓がどきどき言って困り果てる。

「紅丸がお前とでえとしてェってよ」

ざわめきの後、一瞬の静寂。その後一斉に声が届く範囲の全員がこちらを、なまえと俺とを見た。なまえは「でえと?」と首を傾げていた。なんてことをしてくれるんだこいつは。俺は体全部が熱くなるのを感じる。なまえはきょとんとしている。「す、」

「するわけねェだろ!」

逃げるように走り去る。微かに紺炉となまえの会話が聞こえる。「でえとって日付?」「なんだ。そういう意味もあるのか。なまえは物知りだな」「ん?」「俺の言ったのは逢引って意味で」「ん? ひき肉の種類?」「いやそうじゃなくてな」俺が聞いていたのはここまでで、そこから先は聞こえなくなった。どうせなまえは始終あんな調子で、集まった視線も俺がいなくなると散って行ったに違いない。
結局今日は挨拶しかできなかった。紺炉め。邪魔をするのか応援するのかどっちかにしろってんだ。


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20200619:小さい紅があまりにかわいい故…。

 

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