20200614/ジョーカー


誕生日は、花を贈り合うのが定番になった。ただ、なまえは毎回いろいろと趣向を凝らしたり凝らさなかったりしている。そういう時は別の贈り物があったりするのだが、数年前、シャツに花の刺繍が施されていたのには笑ってしまった。ベストを着ると見えない場所に小さくあしらわれており、よく思いつくものだと感心した。今年もまた、例に漏れず六月に入るなり度々基地から姿を消すようになり、楽し気に出て行って満足そうに帰ってくる。その姿を見ているだけで楽しいのだが、ついついちょっかいをかけたくなって。

「今度はなにしてんだ?」

と聞いてしまう。なまえは「内緒でーす」と上機嫌に笑っている。
流石にもう土の匂いはさせていないが、ここ二週間、ずっと甘い匂いをさせているので、今年はきっと菓子なのだろう。「そりゃ楽しみだ」とだけ言うと、なまえはくるりとこちらを振り返った。

「ジョーカー」
「どうした?」
「ありがとう」
「俺は何もしてねェよ」

「それが嬉しいんです」となまえは素直に言った。なまえは昔よりずっと思った通りの素直な感情を口に出す。使える言葉も増えた。普通、年を重ねれば重ねただけ素直になり辛いものだと思うのだが、なまえは素直に無邪気である。そう在れることへの感謝の言葉でもあるようだった。俺のおかげでもないと思うが、あの「ありがとう」には俺に向かって、変わらず生きていてくれて、というような意味さえ含まれるのかもしれない。愛されている、と我ながら思う。
なまえは今日もひょこひょこと外に出て行った。俺が傘を持ったか、と確認する前にリヒトに「今日は雨降るって」と傘を持たされていた。なまえはじっと傘を見つめて頼りになるお兄ちゃんにも「ありがとう」と笑った。俺はリヒトの隣に立つ。

「本降りになる前に帰ってこいよ」
「そこは降り出す前にって言うところじゃないの?」

それはもう何年か前に諦めた。俺達は二人で並んでなまえの背中を見送っていた。



今日は傘も持って出たし、心配することは何もない。ただ楽しみになまえを待っているつもりでいたのだが、本降りどころか昼をすぎても帰ってこないせいで心配になってきた。大抵の場合昼前には帰ってきていたのに。あいつのことだから大丈夫だとは思うが、黙って待っている気分でなくなってきたので傘を持って出ていこうとした。「あっ」

「あああああ!?」

なまえは突如開いたドアに驚いてそのまま飛び退くように後ろに下がって衝突を回避していた。なまえは目を見開いて手元の白い箱を気にしている。「だ、大丈夫、かな?」かなり繊細なもののようだ。「たぶん、大丈夫」

「ジョーカー」
「おう」
「お誕生日おめでとう」

「はっぴーばーすでー!」と言いながら俺に白い箱を手渡した。菓子のようだ。俺がじっと見つめていると「ひっくり返したり振ったりしたら駄目ですよ」と言った。俺がそんなことをするわけがないのだが、なまえは興奮気味である。

「開けても?」
「基地であけて下さい」

言われた通りにソファに落ち着いて箱を開けると、赤い。なまえはほっとしていた。心配していた型崩れは見られなかったらしい。

「なんだこりゃ、すげえな」
「うん」

箱を解体するように広げるとよく見える。丸いショートケーキの上に乗っているのはいちごと大きな薔薇だった。正確には、薔薇に見えるように加工したチョコレートだ。

「クリスマスの時にお世話になったケーキ屋さんに相談したら教えてくれました」
「すっかり常連客だな」
「行きつけですね」

手招きするとなまえがこちらに来たのでひょいと膝に乗せた。「おめでとうございます」とまた言うので「ありがとな」と頭をごり、と擦り合わせた。「ふふ」と得意気に笑うなまえは何年経ってもいいものだと思う。

「あとはリヒトくんが美味しいもの調達してくれる手筈になってます」
「そりゃいいな」
「お酒もあるって」
「お前は、まあ、いいか、俺がいるしな」

飲むといっそうふわふわするので心配だが、今日の主役は俺のはずだ。俺が離さなければいいと思い直した。

「……」
「……ん、どうした」
「いや、食べないのかな、と」
「食うよ。けど、お前これ、二週間かけてんだろ。勿体ねェじゃねェか。そうすぐに食っちまったら」
「んん……」

なまえはやや顔を赤くして考えていたが、その内指で花弁の一枚を摘んでぱきりと折ってしまった。「あっ」なまえにはあまり見て楽しんで欲しい、だとか、そういう気持ちはないのかもしれない。

「はい、どうぞ」

花びらを口元に持ってこられたので口を開ける。芸が細かくて甘い香りの合間に薔薇の匂いもした。なまえは半ば押し込むように俺にケーキを食わせた。味は確かだ。師匠がいい。なまえはまた花びらむしり取って口に放り込んでくる。このままいくと、ケーキすら手ですくって口に突っ込んで来そうで俺はようやく備え付けられていたフォークを取った。なまえは安心したように手を止めたので、その隙をついて俺もなまえに無理矢理ケーキを食わせる。やや狙いが逸れたが大事は無い。

「うん、美味しいですね」
「……」

真面目に頷く鼻の頭にクリームがついていて、俺はひとしきり笑った。どうしてこうも、こいつはずっと面白いのだろうか。


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20200614:おめでとう…ほんとうに…おめでとう…

 

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