恋をしている/紅丸


「なまえちゃん飾り気がないからねえ、これ、良かったら使ってみて」

その言葉に悪気の類は一切なく、私もその時は有難いと思って受け取った。けれども。考えれば考えるほどに、飾り気がない、というのも問題であるような気がしてきた。
いろいろいじりようがあるのは知っているが、実際にやっていることはと問われれば片手で数える程もない。

「……」

使わないからと頂いた、頬にも唇にも使えるという口紅を眺める。指で取って、さっと色を乗せるのは、なんというかこなれていてかっこいいと思うのだが、自分がやると思うと気恥しさみたいなものが勝つ。

「なんだそりゃ」
「わ、わ、若……」
「今は二人しかいねえ」
「う、あ、紅丸さん」

言えば、紅丸さんは満足そうに「応」と言った。最近この人の隣というか、この人を見ているとドキドキしてしょうがないから困ったものだ。
はじめのうちはいつ何が飛んでくるかわからないというタイプのドキドキだったと思うのだけれど、近頃はどうも、どうにも、違う。今も、隣に座れていることが嬉しくて堪らない。が、心臓は痛いくらいで……。
ああ、っと、質問されていたんだった。これは。

「紅、」

ですよ。と紅丸さんの方を見ると、ぴし、と固まって私を見ていた。え。そんなに意外だろうか。驚いて固まる程に……。それともなにか、別の何かがひっかかったのか……? 例えば言い方が……言い方……。あっ。

「っご、ごめんなさい、違います!」
「……別に違わねェよ」
「違、違うんです……、口紅をね、貰ったんですよ……」
「紅をな」
「頬紅にもしていいらしいです」
「紅を、な」
「……」

言わせようとしている。こころなしかきらきらとした期待感を目に含ませて待っている。嫌じゃなかったなら良かったが、まさかこんなことになるとは。私が赤い顔で黙っていると、紅丸さんは「なまえ」と私を呼んだ。
はじめてだ。人を愛称で呼ぶなんて。

「紅……、人が悪いですよ……」

これは思ったよりもハードルが高い。私が服の上から胸を押えていると、紅丸さんも、ぎゅ、と改めて、唇を引き結んで居た。……大分わかるようになってきたけれど、果たしてそれはどういう感情なのだろう。

「……貰ったんだろ。付けてみたのか」
「それがまだ……、なんだか恥ずかしくて。いつもつけてるならいいですけど、なんでしょうね、誰も見てなんかないとは思っても周りの目が……。いや何事もはじめの一歩が難しいものですねえ……」
「貸してみろ」
「え、紅丸さんが付けるんですか?」
「俺がつけてどうすんだ」

渡すと、紅丸さんはかぱりとケースを開けて、指の先でその赤色をすくった。真っ赤ではなく、少し橙の混ざった、明るい赤いだ。
快活そうでもあり、橙が醸し出すのは僅かな落ち着きで、かわいらしい色に既に気圧される。

「おい、なにしやがる」

と、私は思わず紅丸さんの腕を掴んでしまった。

「いや、あの、……本当に?」
「……」
「本当に付けますか?」
「大人しくしてろ」
「はい……」

私は視線をやや下に向けて、紅丸さんの手に自分の顔を預ける。く、顎に手を添えて支えられて支えられて、色をとった指が近付く。

「、口開けろ」

唇を少しだけ上下に離す。
紅丸さんの指先が軽く触れて、ゆっくり左右に動く。視線を少しだけあげたら、真剣そのものと言った表情で私の唇に視線を落とす紅丸さんが見えてしまって叫び出したいような気持ちになる。近い。心臓が持たないから目をそらす。近い。きす、したい、かもしれない。

「出来たぞ」

少し距離が離れて寂しいようなほっとするような、どうにも、安定しない。

「どう、ですか……?」

出来栄えは自分じゃあ見れないから聞いてみたのだが、紅丸さんはじっと黙って私を見下ろしている。似合わないなら似合わないと言ってくれた方が親切なのだけれど……。
と、ひどく自然に、紅丸さんから距離を詰められて、ちゅ、と唇同士が触れた。おかしくはない、のかな? それと、あと。

「すごい、どうしてわかったんですか。キスしてほしいなって思ってたんですよ」
「……」

紅丸さんはまたぐっと体を強張らせて、私の頭を乱暴に掴んだ。痛い。

「お前、そろそろ覚悟しておけよ……」
「へ」

覚悟、とは。


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20191101:べにをさす

 

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