料理修行その一/52


「た、食べてみてくれ」
「…………これを、私が?」
「お前以外いないだろっ!」

私はホワイトデーの悪夢を思い出した。とんでもないチーズケーキをホールで食べることになった事件である。あの後一週間なんとなく腹の調子が悪かった。私は改めて52が差し出しているものへ視線を落とす。学校にわざわざ持ってきてご苦労なことである。ちなみに今日はなんでもない木曜日だ。アルミホイルの上に不格好なクッキーがいくつか包まれている。

「ありがとう」

あまり待たせると虐めているように見えるだろう。ひょいと一つ摘まんで口に放り込むと、まず歯がクッキーに跳ね返されてどうしたらいいのかわからなくなった。これは固いものであると認識し直して歯に力を込めると、ごりっ、という謎の音と共にクッキーが二つに割れた。
その調子でどうにか飲み込めるだけのサイズにまで持って行くとごくりと飲み込む。

「ど、どうだ?」
「……」

お前は味見をまたしなかったのか。折角私が味見の大切さを説いたのに。そんな文句が口をついて出そうになるがじっと耐えた。この幼馴染に悪気はないのである。悪気はない。悪気はない。「いや」

「味見した?」
「うっ」

極力優しく問いかけたつもりだったのだが、52は叱られた子どものように体を震わせていた。まだ何も言っていないのに。

「え、なに?」
「兄貴が……、第一声が「味見した?」だったら食えたもんじゃねえよボケって言われてると思えって……」
「……」

そこまでは思っていないが、近しいことは思った。なまえはもう一つ摘まんで食べる。固いが、味はクッキーの味がしているような気がする。慣れてしまえば食べられない程ではない。少なくとも、チーズケーキよりはマシになっていた。

「固いけど、食べれなくはないよ。で、味見した?」
「した。最初に作った奴よりは柔らかい、ような気がする」
「……なるほど」

私は三つ目を食べながら52に言う。

「混ぜすぎなんだよ。だから焼き上がりが固くなる」
「まぜすぎ……?」
「たぶんそうだと思うけど」

顎が疲れてきたが、アルミホイルに乗っていた分は全て平らげた。これで文句はないだろう。私は「じゃあ」と言って逃げようとした。なんだか嫌な予感がするからだ。固い気がするクッキーを私に食わせたのも次への布石であったような気がしている。案の定、がっと腕を掴まれた。「待て」

「な、なあ、その、俺に、料理を教えてくれよ」
「嫌です」
「なんで!」
「嫌だからです」
「喋り方で距離を取るな!」
「ジョーカーさんに教わればいいじゃない」
「あいつは真面目に教えてくれない」
「……いや、嫌だな。嫌」
「嫌って言うな。傷付くだろ」
「私に良いことが一つもない」
「作ったやつは食っていいから」
「大丈夫。本当に。今だったらほら、動画とかいろいろあるし。クッキーも次は上手くいくから。私に教わらなくてもいい。絶対。必要がない」
「……そんなに嫌なのか」
「……」

52はしょんぼりと私を見つめている。私がその顔に弱いことを知っているのではないだろうか。また泣かれても困るのでどうにかよい策はないかと考えを巡らせる。正直に言えばそんなに嫌だ。

「三か月に、一回、とかで良ければいいよ」
「教える気ないだろ。週に一回」
「それは無理」
「……二週間に一回」
「……」

めんどくさい。私は手を振り解いて52から視線を逸らし少し考えた。私が料理を教える必要は一つもない。断ってもいいかもしれない。毎回なんだかんだ言って押されているが、料理教室をするとしたら土日のどちらかになるのだろう。それはつまり、私の自由な時間が削られるということで……「わかった」

「なら、いい」
「えっ」

席に戻った52は一度、ぐす、と鼻を鳴らしていた。悪いことをしたような気分になるが、頼み事を一つ断ろうとしただけだ。ここで「わかったわかった」というのがいつものパターンだから、これでいいはず。

「……なまえ」
「ん?」
「味見はしてくれるよな」
「……まあ、それくらいなら」

後で聞いた話だが、私はあの時すごく小さい声で「めんどくさい」と口に出していたらしい。やっぱり悪いことをした気がしたので、後日なんでもない日にクッキーをあげておいた。料理教室のことは忘れたみたいに御機嫌であった。手がかかるんだかお手軽なんだかわからない幼馴染である。


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20200603↓おまけ

「よう。料理教室は引き受けてくれなかったろ」
「うるせェ」
「そりゃそうだ。お前にとっちゃなまえと会えるし喋れるし近いしで良いことしかないかもしれねェが、あいつにとっちゃただ面倒なだけだからな」
「……俺はめんどくさくない」
「お? ついにめんどくさいって言われたのか?」
「……」
「しょうがねえよな。俺だってめんどくせェ」
「お前が! 習うならなまえにしとけって言ったんだろ!」
「人のせいにすんのか? もの投げんなバカ」
「……でもなまえは、クッキー全部食ってくれたんだ」
「……そりゃよかったな(あいつも、そんなことしてるからこいつが調子に乗るんだけどな)」

 

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