世界が変わってしまっても/カリム


タマキのラッキースケベられは第一特殊消防隊の名物みたいなものである。が、本人としては見られるのは嫌であるし、できることなら発生させたくないイベントである。タマキと関わり合いの少ない人間は勘違いしていることも多く、好きでやっているのでは、なんて囁かれることもあるけれど。
なまえにしてみればタマキは(少々迷惑であることがあったとしても)仲の良い友人であり、かわいい一人の女の子である。

「にゃあああああ!!」

悲鳴の方向を見れば、派手にすっ転んで服を飛ばしているタマキの姿があった。いつも通りすぎて驚きはしないが、男性も往来する廊下で肌を晒し過ぎるのも良くない。なまえはすかさず自分の(最近だとほぼタマキの為に着用している)コートを脱ぎ、タマキの近くへと向かう。
その、途中だ。

「?」

かしゃ、と。
小さな音がして立ち止まる。
タマキがなまえに気付いて「なまえ〜」と情けなく呼んでいるがそんな場合でもない。
一人の隊員が、カメラを懐に仕舞うのを見た。
いいや、一人ではない。カメラを持っていたのは一人だけれど、両隣に居た男達もにやにやと笑いながら去って行こうとする。なまえが注視していることには気付いていないようだ。
ざわざわと波が大きくなる心を制して一歩踏み出す。「全裸じゃなくて残念だったな」と聞こえてしまって決壊する。
なまえは一歩で距離を詰め、カメラを持っている男を後ろから蹴り飛ばし、そのまま地面に踏みつけた。「が、」と苦悶の声と一緒に、カメラが粉砕する音も聞こえた。

「お前! いきなり何しやがる……!」

タマキが遠くでなまえを呼ぶが、なまえは今しがた踏みつけた男を足でひっくり返し、壊れてしまったカメラを取り出した。

「それは、こっちのセリフですね」

ざわざわと、一部始終を見ていた周囲の人たちがざわめきだして、場は膠着状態となった。なまえに理があるように見えるが、介入しようという人間はいない。突然先輩にあたる隊員に無体を働いたとは言っても、なまえが相手である。
振りかざせそうなものは力くらいだけれど、それも、なまえ相手ではどうであろうか。
にらみ合っている間に、「何事だ」と通りかかったバーンズ大隊長が事態を収めることになった。



なまえみょうじはタマキとは別の意味で有名な新人である。
なんでも、家が武術の道場であるらしく、幼い頃から祖父にしごかれ父にもしごかれと、今期の新人では一番対人戦闘に優れているのではと名高い。当の本人は周囲で何を言われようが堂々としたもので、奢らず高ぶらず、淡々と仕事をこなしている。
だから、そのなまえが、問題という問題を起こしたのは、これがはじめてのことであった。
なまえが仕掛けた暴行事件は、なまえがやりすぎたことにより男の方に適切な処罰が与えられることはなかった。
彼らは、カメラが壊れてデータが抽出できなくなったのを良いことに、カメラはたまたま持っていただけと答えた。なまえは正義感によって行動したのかもしれないが、とんでもない勘違いである、と主張した。
なまえには証拠がなく、男達には言い逃れできる理由があった。
自室で大人しく瞑想をしていたところ、部屋の前で誰かが立ち止まる気配がして目を開ける。ややあって、コンコン、とドアがノックされる。

「どうぞ」

いきなり入室の許可が下りたからか、ドアの向こうの人間はほんの一秒動揺して、それからドアを開けた。「お前……、誰が来て、誰がここにいるのかくらい確認しろ」とカリム・フラムは困ったように言った。

「すいません、でも、カリム中隊長だと思ってましたよ。そろそろかなって」
「そうかよ」

「ここ、座らせてもらうぜ」とカリムは適当な椅子を引きどかりと座る。

「重ねて、申し訳ありません。ご迷惑おかけしてます」
「まったくだ。やりすぎだろうが。カメラまでぶっ壊して壊しちまったら言い逃れてくれと言っているようなもんだ」
「……」
「そうでなけりゃ、今頃処分受けてんのはあいつらだっただろうに」

カリム中隊に所属するなまえは、カリムから処分の内容を聞かされる。故にこの部屋にカリムが訪れることは必然である。けれど、カリムは、今回処罰の対象にならなかった三人の言葉をまるで信じていない口振りであった。
なまえは、じっと、カリムを見つめる。

「なんだ?」
「……いえ、カリム中隊で良かったな、と思って」
「バカか。フォイェンでも烈火でも、お前の言い分を無碍にはしねェよ」
「でも、今、味方してくれてるのはカリム中隊長ですから」

タマキが、と、カリムが言う。

「色々、色々と話したそうにしてたぜ」
「ですよね。ごめんなさい。次はもっとうまくやります」
「は、とりあえず謹慎三日だ。後のことはそれから、それからだな」
「はい」

三日か、となまえは考えながらカリムを見送る。もっと、やらかしてしまったことと、カリムに生じてしまった面倒事についてあれこれと怒られると思っていたから、拍子抜けである。が、なまえにとっては有難いし、カリムからの信頼がそのまま見えてなまえは胸が熱くなった。

「もしなにかなにかしらの協力が必要なら言え。盗撮は犯罪だ。お前の蹴りが薬になればいいが、平気な顔して次もやるようなら容赦するな」
「はい」
「よし、それじゃあ俺は仕事に戻る。この後タマキも来るだろうが、あんまり騒がしくするんじゃねェぞ」

最近仕事でなくても話をすることが多くなった、それに、怒ってもいないようだ。だから、つい友人にそうするようになまえは言う。

「暇なのでカリム中隊長も遊びに来てくださいよ。多分来てくれるの、タマキくらいしかいないんです」
「……」

カリムが突然黙って険しい顔をしたのは、少し、調子に乗りすぎたからかもしれない、と熱くなったこころがひやりと凍る。
扉の横で、棒立ちになっていると、開きかけた扉をわざわざ閉めて、カリムはなまえの顔の横に手を付いた。

「え、あの、ちょ、っと」

カリムはなまえの匂いが、と言ったが、カリムにだって匂いはある。言われて気にするようになってから、なまえもカリムの匂いが嫌いではない。だから、なのか、もっと別の要因があるのか、距離が近くなればなるほどに、五感の全部を、奪われるような感覚になる。
かなりの至近距離で、カリムはにやりと笑う。

「……こういうことをされてもいいなら来てやるよ」

なまえはあまりに突然の出来事に、ぽかん、と口を開けてカリムを見上げた。

「なんてな。まあ、余裕があれば適当な世間話でも雑談しに来てやる」

扉が空けられて、カリムはするりと部屋を出て行った。
出て行ったから聞こえてはいないのだろうが、思考を整理するために、気持ちだけはカリムに向けてぽつりと言う。

「あ、はい……、ありがとう……、ございます……?」

この後、走り込んで来たタマキには泣いて謝られ怒られ、カリムは一日に一度は顔を見せ、本当に雑談とお茶だけ飲んで帰って行った。謹慎を解かれたなまえはと言えば、その三人の部屋から現像した写真を数枚見つけ出すことによりきっちり報いを受けさせたのだった。
そこからは謹慎前と同じ日常に戻ったけれど、うまくやったな、とカリムに頭を撫でられて、不自然に煩い心臓だけが、いつもとは違う。


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20191030:たぶんタマキと気が合ってるのは同じく男性が得意でないから。

 

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