ひと月遅れのはじめまして(22)


予測はしていた。なまえの酒癖はあまりよくない。仕事が終わってすぐに、なまえと一緒になまえの家に帰って来た。なまえは「お酒用意しておきましたよ」と笑っていた。そんな風に笑われたら黒野は断れない。そのなまえはと言えば、ぴったりと体の左側にくっついてふわふわしている。よくない、とは言ってもこれはこれで悪くない。鬱陶しいというわけでもない。ただ、あわよくば今日は、と思っていたので酒に呑まれてしまわれると困る。

「ふふ、優一郎さん」
「どうした」

彼女は本当に練習をしたのだろう。仕事が終わり、会社の敷地から出るとたどたどしくそう呼び始めた。嬉しくはあるが、今呼ばれても複雑だ。はじめてが酔った勢いというのも。黒野としてはそれはそれでいいけれど、なまえは恐らく、そういうきっちりしていないのは嫌いだろう。
酔いが醒めたらまず、自分以外の男がいる場所では飲まないように約束させなければならない。

「明日は一日一緒ですねえ」
「そうだな」
「嬉しいです」
「俺もだ」
「えへ」

一人で居る時はほぼ無表情でぼうっとしているのだが、なまえは結構よく笑う。酒が入ると余計に笑っている。常に笑っていると言っても過言ではない。ぐりぐりと猫のように頭を押し付けて来るので体を撫でると、気持ちよさそうに目を細めていた。今にも喉を鳴らしそうだ。なまえのかわいさに反応してぎゅう、と腹の下あたりが音をたてるが、気付かないフリをする。なまえは呑気に眠そうである。

「寝るか?」
「いえ、まだ」
「眠いなら寝たらいい。風呂は……、明日か、今から俺が入れてやってもいいが」
「もうちょっと飲みます」
「そうか」

もうちょっと飲む、とはいいつつなまえの手は完全に黒野の腕にゆるく巻き付いて止まっているし、うつらうつらと頭を揺らしている。まだ飲めるようには見えない。

「やっぱり限界だろう」
「いえ、だいじょうぶ」
「なまえ」
「はい」

黒野が名前を呼ぶと、返事とともににっこりと笑われてしまって、黒野は一瞬自分が何を提案しようとしていたのか忘れた。今すぐベッドに放り投げてその体を暴き倒すんだったか。いや、そうじゃない。

「今日はもう寝よう」
「嫌ですよ」
「いつになく強情だな」

ぷく、と頬を膨らませる顔は普段は絶対に見られない。なまえの反応がいちいち小動物的なせいで、黒野は際限なくなまえの頭を撫でている。なまえも大人しく撫でられながら黒野に巻き付く両腕にきゅ、と力を入れる。「だって」

「だって、勿体ないじゃないですか。せっかく、優一郎さんが隣にいるのに」
「……」

どうしてくれようか。いや、今夜は何もしないが。明日の夜あたり。黒野はひょいとなまえを抱き上げて、このまま一緒にベッドに行くことにした。ベルトとネクタイをその辺に放り投げて寝室へ向かう。「もう寝よう。明日は多分、寝かせてやれない」となまえをベッドに置くと、なまえはしゅんと静かになった。何もしない。と黒野は心の中で呪文のように唱えながらなまえの横に潜り込む。

「大丈夫だ。一緒に寝るからな」
「そうなんですか」
「そうだ」

なにもしない。なにもしない。なにも、

「やった」

……しない。なまえはそうして一等星ように笑った後、数秒で健やかに眠りに落ちた。
五月二十九日、黒野は、自分の限界はまだまだ先にあるのだと知った。


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20200529

 

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