ひと月遅れのはじめまして(11)


一応、何を着ていくべきだろうか、というようなことを迷った。行く先は近所のスーパーであるから普段ならばほとんど部屋着のような格好だ。しかし今日は黒野が一緒だ。十時頃、家に迎えに来てくれることになっている。その後は、昨日残りのカレーでもうどんにして食べようかというところまでは決まっていた。
約束はそうだが、近所のスーパーへ行くことと、黒野の隣を歩くことの間をとった適当な服というものが難しい。近所のスーパーは気合を入れていくような場所ではないが、まさか部屋着同然の格好で黒野の隣は歩けない。なまえは気合度零か百の服しか入っていないクローゼットの前で愕然とした。中間を取れそうな服は仕事に着て行っている衣類達くらいだろうか。

「あー……」

悩みに悩んだ末、本日は買い物に行き、その後カレーうどんを食べるというところを前提に、動きやすい、白でない服を組み合わせた。袖のない紺のブラウスと、雑に見えすぎないジーンズだ。なまえはどうしても近所のスーパーへ行くためにひらひらとしたスカートを選ぶことができなかった。単純に、黒野に見せる度胸がないとも言える。
黒野は十時ぴったりにインターホンを鳴らし、なまえはそれに応えると急いで外に出た。

「おはようございます」
「おはよう」

こういう時の優一郎黒野に遠慮はない。じっとなまえの姿を上から下まで眺め回し、悪びれることなく気が済むまでそうしている。「黒野さん」視線に耐えかねてなまえが呼ぶと「ああ」と黒野は顔を上げた。黒野の印象は仕事をしている時とあまり変わらない、シャツに、タイトめなパンツだ。右腕はいつも通りに包帯が巻かれている。包帯は目立つが、服装自体はよくあるもので、町に二人で出たらよく馴染めそうだ。なまえはこっそり安心した。
安心したのも束の間、なんの前触れもなく黒野はなまえの二の腕を掴んだ。びく、となまえの体が震える。あまりに突然の出来事に反応が遅れた。

「…あ、あの、黒野さん」
「どうした」
「私の二の腕になにか用事ですか……?」

ずっと二の腕の感触を確かめ続ける黒野にはやはり、女性の二の腕を突如掴んだことへの申し訳なさだとか、そういうものは一切ないようだ。「ああ」と涼しい顔をして言った。

「職場では出していないだろう。珍しくてな」
「いきなり触られたらびっくりしますよ」
「そうか、それは悪かった。俺の事も触ればいい」
「いやそうでなく」
「触ればいい」
「あの、」
「なんなら屈むが」
「わかりましたから落ち着いてください」

気が済むのならばと腕に触れたが「どうだ」と感想を求められてなまえの方が恥ずかしくなってきた。「黒野さんはどうでした」照れ隠しで聞いてみると黒野は間をあけずに微かに笑う。

「ああ。楽しいな」

そこまで言われると二の腕くらいいくらでも触ればいいという気持ちになる。「なまえはどうだ」と黒野からもう一度聞かれて、ここでようやく開き直る。全く知らない男にされたのなら、なにをするんだと怒るだろうし、知っている人間でも気分はよくないはずだ。今だって複雑な気持ちではあるのだが、楽しい、と言われたらこちらは。「私も、」

「楽しいですよ」

五月十六日、予定通りに昼すぎまで一緒に過ごした後「また明後日に」と言って別れた。黒野はやや返事に時間がかかって、しかしこの場は「そうだな」と頷いた。この場は。


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20200516:明日は二人は会わない故更新なしです、次の更新は18日月曜日の朝九時になります。

 

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