ひと月遅れのはじめまして(10)


黒野の口数が少ない。重苦しく感じるわけではないが、黒野は朝から何か考え込んでいるようで、昼になった今もじっとなまえを見つめながら黙っている。こういう時、普通は空とかなんでもない空間とかをぼうっと見るはずなのだが、彼に普通、という概念を当てはめてはならない。
なまえは耐えきれなくなって「どうかしましたか」と聞いた。黒野は「ああ」となまえの抱える気まずさなど気にもしないでなまえから視線を外さない。体ごと向き直るために組んでいた指を解く。

「お前の明日の予定について考えていた」
「私の予定ですか?」
「そうだ」

明日は土曜日だ。休みだが、特にこれという予定があるわけではない。必要な食料品をまとめて買い出しに行くくらいだった。なまえはちらりと黒野を見上げる。黒野自身の予定ではなく、なまえの予定について考えているのはどういうことか。そう言えば、友人になった日、休日に遊びに行きたいというような話をしていた。

「それは、考えているより私に聞いたら早いんじゃないですか?」
「それはそうだが、誘い文句が重要だと言われた」
「私の予定について考えていても、きっといい誘い文句は浮かばないと思うのですが」
「ああ」

それもそうか、なまえは賢いな。と子供にするように褒められて、なまえは嬉しいようなそうでないような気持ちになりながらも「ありがとうございます」とは言って置いた。そこでまた会話が途切れて、静かな時間が流れていく。
なまえが仕事場へ戻る十分前に、ようやく黒野は「なまえ」と呼んだ。

「はい」
「明日はどういう予定なんだ」
「買い物に行く予定ではあります」
「朝は何時に起きる?」
「え、いや、七時には起きてますかね」
「それから?」
「しばらくぼうっとして、顔を洗って朝ごはん食べますね」
「朝はなにを食べるんだ」
「明日はバナナくらいしかないから、バナナとヨーグルトとか」
「健康的だな」
「はい」

朝もメロンパンを食べるほどなまえは徹底していない。黒野はそれに安心したのか満足そうに頷いて、しかしすぐに難しい顔をして首を傾げていた。

「……」
「……」

話が逸れた。なまえにもわかる。黒野は何が起きたか理解できていない様子だったが、次の瞬間はっとしていた。「しまった。話が逸れた」なまえはそろそろ笑いをこらえるのが大変になってきた。

「ホントに黒野さんって面白いですよね……」
「それで、いいか?」
「まだ何も聞かれてませんよ」
「……そうだったな」

今日は少し窓が空いている。程よく冷たい風が吹き込んできて気持ちがいい。こんな日には、何を言われも二つ返事で頷いてしまうだろう。「明日、」

「明日、お前の予定に付き合わせてくれ」

ここでようやく、質問に対するなまえの意志を確認する言葉が生きてくる。「いいか?」断るつもりなら、彼からの言葉を待ったりしない。内容はやや予想外であったが、明日も会うというところは変わらない。

「さして面白くないと思いますけど、それでもよければ、どうぞ」

五月十五日、ついに休日会う約束をした。ここまで長かったような短かったような、不思議な気分だった。


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20200514

 

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