ひと月遅れのはじめまして(8)


受話器を置くと、すっと隣に立たれた。やや距離が近い気がして落ち着かないが、あからさまに逃げるわけにもいかずに顔をあげる。「はい」呼ばれていないが返事をすると、なまえの上司にあたるその男は苦々しい表情をしていた。何かしただろうか、なまえはひやりとするが思い当たることがない。

「みょうじさんって、黒野さんと仲いいよね?」
「ああ、友達になりました」

その話か、その話ならばただ世間話をしに来ただけなのか。その割には表情が険しい。きっとただの雑談ではない。なまえが何やらどんよりとしたものを察知して身構えていると「それなら丁度良い」と分厚い茶封筒を手渡された。

「それ、黒野さんに持って行って。場所はここね」
「わかりました」

『能力開発研究所主任、黒野さん』と封筒に書かれているのをじっと見下ろしながら返事をした。場所の書いてあるメモも貰った。裏にも何か書かれていたが、こちらは関係のないことのようだ。なまえは「じゃあ、早速いってきます」と事務室から出て行った。
目的地に近付くと、子供達の遊び回る声が聞こえてくる。
具体的に何をしているのかは知らないが、能力に目覚めたばかりの子どもが多いことは知っている。そして黒野はその子供達の相手をしている、なまえの認識はその程度であった。
やや緊張するが仕事の内容は小学生でもできそうなおつかいだ。呼吸を整えて前から歩いて来た白衣の男達に黒野の居場所を聞く為に声をかける。

「あの、能力開発研究所主任の、黒野さんに書類を預かって来たんですが」
「ああ、ありがとう。俺が預か、」
「おい、待て」

「なんだよ」「待てよ、こいつって噂の」「嘘だろ」「だが噂が本当なら」なまえは首を傾げる。線の細い白衣の男達はこそこそと言葉を交わし合い、それが終わるともう一度なまえに視線を落とした。なんだ?

「黒野はこの奥の実験室にいるから案内するよ」

なんだったのか分からないまま、なまえは研究員の男について行く。「ほら、ここから見える」ガラス張りの壁を示されてなまえはひょいと中を覗く。「あ」
黒野がいる。対峙しているのは小さな男の子だ。黒野はどこか楽しげで、子供の方は、とてもじゃないが黒野の力には遠く及ばないという感じだった。
しばらく眺めていると黒野ははたとこちらに気付く。
見慣れない人間に驚いたのかピタリと固まったせいで、男の子の攻撃が黒野の頭にヒットする。かーん、と気持ちよく入ったように見えた。

「く、黒野さんっ!?」

その後黒野は実験室を黒煙で覆い、笑いをこらえる研究員に「今日はここまで」と言われていた。そしてほとんど蹴破るようにして実験室の扉から出てくると早足で真っ直ぐになまえの前に来た。

「あ、あの、え、だ、大丈夫ですか」
「大丈夫だ」
「で、でもその」
「大丈夫だ。それで、どうした」

なまえは「ああ」とここに来た目的を思い出し、抱えていた封筒を黒野に差し出した。

「そうだ、書類届けて欲しいって頼まれたんですよ。これ、どうぞ」
「転属じゃないのか」
「え、違います」

黒野はなまえから封筒を受け取り、じっとなまえの顔を見つめる。何か言いたいことがありそうに片目が細められているがしばらくの間無言の時間が続いた。

「……」
「……」

やはり打ちどころでも悪かったのか。なまえは途端に心配になってきた。

「やっぱり頭、痛みますか?」
「俺とお前は友達だな?」
「はい、そうですね?」

黒野はわかりずらく僅かに体から力を抜いた。ほっとしたように見えた。

「なら、いい。また昼に会おう」
「はい」

五月十二日、昼に会った時にはもう、いつも通りの優一郎黒野に戻っていた。


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20200513

 

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