ひと月遅れのはじめまして(7)


昨日から、優一郎黒野と一日に二回会うようになった。
すなわち、朝、会社の最寄の駅に着いてからと、昼の休憩時間である。

「おはようございます、黒野さん」
「おはよう。なまえ」

今日は時間に余裕がある。元々、なまえの案内でパン屋へ行く約束になっていた。
なまえは毎日同じ場所を選ぶわけではないが、今のところ一番多く通っているパン屋に黒野を連れて行った。店に入ると控えめなベルの音がした。「いらっしゃいませ」といつもレジに立つ女性店員がベルの音と連動しているように言った。ほとんど反射なのだろう。言ってからなまえに気付くと「おや」という顔をした。
黒野は気にせず、きょろきょろと店内を見回している。
なまえはトレイとトングとを手に持って、まずメロンパンを乗せる。今日は黒野もいるので、ゆっくりと店内を回った。いつも買わないが気になっているパンはいくつもある。

「サンドイッチも美味しそうなんですけどね」
「買わないのか」
「メロンパンを食べることを考えると多すぎるんです」
「メロンパンを食べなければいいんじゃないか」
「メロンパンは食べるんです」

なまえの主張を黒野は否定も肯定もせずに考え込んだ。

「なら、俺と分けるか」

話の流れからすると、一袋に二つ三つ入ったサンドイッチが多いなら、自分を使ってくれていい、というようなことだろう。ありがたい提案だが、すぐには飛びつけなかった。

「え、いやいや、悪いですよ。黒野さんは黒野さんの好きなの買って下さい」
「いろいろあるが、どのサンドイッチがいいんだ?」
「走り出したら一直線……」

黒野は本気で嫌がられているわけではないとわかっているようで、ひやりとしたショーケースを覗き込む。こうなったら止まらないということを、なまえも知っている。

「ええと、じゃあ、うーん、タマゴと、あ、このごぼうサラダが入ってるのにしていいですか?」
「わかった」

まだ、これで良いかどうかを聞いただけだったのだが、黒野はなまえの手からサンドイッチとトレイを持ってレジに行ってしまった。当然のようになまえの分も支払いを済ませようとしている。「じ、自分で払います」「気にするな」「気にしますよ」「友達だろう」「お金の話に友達の話を絡めるのは良くないと思いますよ」「そうか。なら、先輩だからでどうだ。先輩は後輩に奢るものだ」毎日行くわけではないけれど、頻繁に訪れる店である。なまえと顔見知りになっているレジの女性がくすりと笑ったので、なまえは顔を赤くしながら「今回だけですからね」と引き下がった。
五月十二日火曜日、昼の休憩時間にサンドイッチを二人で分けて食べていると「友達っぽいな」と黒野は満足そうに言った。


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20200512:友達(?)編

 

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