ひと月遅れのはじめまして(6)


月曜日は、いつもギリギリの電車になる。走らなければならないということはないが、コンビニに寄る時間はない。お昼ご飯にする予定のメロンパンも(これはこれでおいしいので問題はないのだが)駅の中にある売店で買ったものである。ついでに憂鬱を紛らわせようとチョコレートも買った。
会社の最寄り駅に着く頃には、真っすぐ会社へ行くだけになっている。

「なまえ」
「!?」

やや速足で歩き出したところ、後ろから肩を掴まれた。あまりに驚きすぎて声も出ず、ただばっと勢いよく後ろを振り返った。「あ」

「ああ、黒野さんでしたか」
「俺だ」
「びっくりした。いきなり後ろに現れて肩なんて触られたらびっくりしま、」
「長かったな」

黒野はふう、と大袈裟に息を吐いた。何が長かったのかなまえにはわからないし、それは果たして自分の言葉を遮ってでも伝えなければならないことだったのだろうか。「二日は長すぎる」と気落ちした様子で黒野は言った。まさか、週休二日では休日が多すぎるとか、そういう話なのだろうかとなまえは息を飲む。そんな話になるのなら、この人はやばすぎる。

「お前はそうは思わなかったか」
「え、あの、いや、私は、休みは三日でもいいと思いますけど」
「? なんの話だ」
「ああ、よかった休日二日が多すぎるって話じゃないんですね」
「違う」

ややむっとして黒野は首を振った。なまえはならばなんなのかと顔を上げて黒野の言葉を待つ。黒野も、伝わっていないことを理解したらしく、どういう言葉を使うべきか考えるような間ができた。間が出来たが。

「俺と友達になってくれ」

説明することを諦めないで欲しい。
なまえは黒野の期待と不安とが混じった瞳に見下ろされながら「ううん」と唸った。なにがどうしてそうなったのだろう。彼の心がどう動いたのか、さっぱりわからない。

「あー、いや、えーっと、同じ会社の先輩、じゃ駄目ってことですか」
「……お前は、会社が同じ先輩だというだけで、休日二人きりで遊びに行くか?」
「行きませんね」
「そういうことだ。だから、俺とお前とは友達になる必要がある」
「へえ?」

声はやや裏返っていた。
つまり黒野は、なまえと休みの日に遊びに行きたいと、そう言っているのだろう。そして、先ほどの二日が長い、はなまえに会えて寂しかったと、そう言うことで間違いはないのだろう。「ええ?」なまえはもう一度間の抜けた声を出しておく。落ち着くことはできなかった。これは、告白とはどう違うのか。

「まあ、ええっと、あー、友達ですか? 本当に?」
「そうだ。友達だ」

なまえは「うーん」と更に考え、しかし、友達になりたいという申し出を断る理由は見つからなかった。告白されるよりずっと質が悪い。

「じゃあ、その、はい。よろしくお願いします」
「俺と友達になるんだな?」
「はい」
「そうか」

なまえは時計を確認した。とてもまずい。

「ところで黒野さん、走らないと遅刻なんですが」
「大丈夫だ」

黒野はなまえを抱えあげて黒煙で空を飛び、灰島まで一瞬で着いてしまった。この通勤方法に文句を言う人間は誰もいない。ただ、なまえが抱えられていたから、そこに居合わせた灰島社員はなまえと黒野を除き一人残らずざわざわとしていた。
気にならない訳では無いがしかたがない。もう一度時計を確認する。遅刻の危機からは余裕で脱した。自動販売機に寄る時間さえある。

「ありがとうございます、助かりました」
「気にするな。友達だからな」

五月十一日月曜日、今日から彼とは友人である。


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20200511:今週から毎回朝9時ごろ更新したい…。

 

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