ひと月遅れのはじめまして(5)


五日も連続で顔を合わせているといよいよ顔見知りと言えるだろう。なまえはちらりと隣に座る黒野を見た。自分と彼がここで隣り合っているのは違和感しかないと思っていたのだが、人間というのは慣れるものである。今日はどんな面白いことを言いだすだろうかと期待しているところさえある。

「今日のはなんだ」
「メロンパンです」
「それは見ればわかる」
「メロンパンしか売ってないお店のメロンパンです。メロンパンラスクというものもあって、食べますか? 持ってきてますよ」
「ラスク……?」

ラスクか、と繰り返す。表情の変化はわかりずらいが、やや片目が細められているように見えなくもない。この反応はどちらなのだろうかと黒野からの言葉を待っていると、黒野もなまえが菓子を差し出すのを待っていたらしく、なまえを見下ろして首を傾げる。

「くれるんじゃないのか」
「ああ、いえ、ちょっとだけ、嫌そうかな? と思って、苦手だったらそう言って下さい」
「お前がくれるんだろう。ならば多少硬かろうが食べるぞ俺は」

硬いものが駄目らしい。今度もし何か食べ物をあげる時には気を付けよう。硬いものとは飴なども入るのだろうか。それとも、飴は舐めるものだから硬いものにはカウントされないのだろうか。

「ならお一つどうぞ」
「ありがとう。貰ってばかりだな」
「このくらいのお菓子の交換は誰でもやりますよ」

黒野はなまえが持つ袋からラスクを一切れ取り出して一口で食べていた。手に取る時、小さい欠片を選んだように見えたので、やはりあまり得意ではないのだ。昨日の温め直したふわふわのメロンパンでは見られなかった反応だった。もしかしたら、柔らかいものが好みとか、そういうことがあるかもしれない。
何度か咀嚼した後飲み込んで、黒野は意図的に感情を殺したような声で言った。

「誰にでもやるのか?」
「誰にでも……? 私はわざわざ配りに行くことはないですけど、隣に居たらあげることもあるんじゃないですかね?」
「隣の人間が誰でもか?」
「これは安くないお菓子ですから、誰にでもってわけじゃないですよ、今私は出さないこともできたわけですから」

黒野にとっては迷惑だったかもしれないが。なまえの返答は納得のいくものだったようでこの話はここで終わった。
時間まで「仕事はどうだ」と黒野が聞くのでなまえは自分の仕事の話をして、黒野は静かになまえの話を聞いていた。昼の休憩時間の終わりが近付くと、今日も、なまえが先に席を立つ。

「じゃあ黒野さん、また月曜日に」
「月曜日」
「はい。明日と明後日はお休みですよ」
「月曜日か」
「黒野さんはひょっとして休日出勤ですか?」
「いいや。お前は、明日と明後日の予定はあるのか」
「はい。友達と」
「……」

なまえはひょいと椅子から立ち上がり黒野に頭を下げた。五月八日、このやりとりも五日目ともなれば口も体も流れるように自然である。もう黒野を前にして、どうしたらよいのだろうかと思う事はない。噂は様々だが、なまえの前ではどこかぼんやりしているこの男を見ていると和みさえした。

「今日もありがとうございました」

また月曜日に、だなんて図々しかっただろうか。なまえは自分の言動を振り返って失言だったかと焦るが、黒野は気にしていない様子で「ああ」とだけ言った。


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20200508:明日と明後日は会えないのでこのシリーズは更新ありません。

 

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