ひと月遅れのはじめまして(3)


チョコの入ったメロンパンを齧るなまえの前に、白地に黄色いアクセントの付いたデザインの箱が置かれた。同時に、隣に背の高い男の人が座った。もしかして、という気持ちでいたから驚かない。案の定黒野であった。三日連続だ。しかし、挨拶より先に渡されたこの黄色い箱はどういうことだろう。
なまえは口の中のものを飲み込んで「こんにちは」と言った。

「ああ。こんにちは」

噂によると優一郎黒野は子供と関わることの多い部署に所属しているらしい。だからだろうか。丁寧に「こんにちは」と返されたのが面白くて緊張がほぐれた。彼がこうして隣に来る理由は依然わからないままだが、嫌な感じはしない。
なまえは昨日よりも気安く黒野に言う。

「これ、なんですか?」
「ビタミン剤だ」
「ビタミン剤」
「お前にやる。飲め」

この短いやり取りの中で全部を察する必要があるのか、単純に面倒くさくて間を省いているのか、はたまた、これで十分だと本気で思っているのか。なまえはまじまじと黒野が持って来た箱を見詰める。ドラッグストアに売っているのを見たことがある。記憶違いでなければ、それなりに高いものだったような。「あの」

「どうした」
「質問良いですか」
「! なんでも聞くといい」
「どうしてこれ、くれるんですか?」

黒野は現在何も飲食していない自分の事は棚に上げて平然と、なまえが持つ食べかけのチョコチップメロンパンを指さした。

「栄養が偏るだろう」
「ああ、メロンパンだけだと?」
「いつも気になっていた」
「今日はチョコも入ってますよ」
「大して変わらない」

いつも。
なまえはその部分が引っかかるが、まだ「いつもっていつからですか」と踏み込んでいくことはできなかった。もしこの不思議な時間が一週間くらい続いたのなら、聞けるようになっているかもしれない。

「それで、ビタミン剤ですか」
「いらないか」
「いいえ、くれると言うなら頂きます。ありがとうございます」

箱を開けて早速一包封を切った。さらさらと流し込むと、口の中ですぐに溶けた。高いだけあって飲みやすいように工夫がなされているのかもしれない。それに。

「もっと酸っぱいかと思ったら、結構甘いんですね」
「甘いのか」
「はい。一つ飲みますか?」
「いいや。いい。それを聞いて安心した」
「安心ですか」
「疲れているとたいへん酸っぱく感じるものらしい」

へえ、となまえはまじまじと空になった黄色の袋を見た。なるほど。甘いと言う感想を聞いて、然程疲れているわけでないとわかったということか。いや、そんなことよりも、栄養が偏ることを気にしたり、ビタミン剤を持って来たり、疲れていないことに安心したり、別部署だというのにわざわざ昼の休憩の時間に隣に座って話しかけて来たり。
彼が話すこと全てが本当とも思わないが、警戒するべきなのか仲良くなるべきなのか、なまえはやっぱりわからない。
知り合ったは良いものの、三日経っても優一郎黒野がどういう人間なのかは読めなかった。


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20200506:子供相手に「おはようございます」とか軽めに言ってたらかわいい。

 

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