「好きですよ」/52


取り留めもない話をしてって、なんだかずるいよな、と52が言った。どういうことかと聞いてみると「実際は、そんな風にうまくいかない」と不貞腐れたように教えてくれた。そうだなあ、となまえも思う。人と話をするのって結構難しい。



「暇ならこれでおしゃべりしませんか?」

雑誌にもテレビにも飽きてしまったらしい隻眼の少年にそう声をかけた。紙コップを赤い糸で繋げた糸電話だ。片側を渡すと、52は紫色の目でまじまじと小学校低学年がやるような工作を物珍しそうにながめる。

「なんだこれ?」
「糸電話です。知ってますか?」
「電話?」
「電話なんです。そっち持って、耳にあてて待っててください」

なまえが言った通りに52は紙コップを耳にあてて待つ。なまえは緩く笑って、部屋の隅まで行ってしまった。赤い糸がぴん、と張ったところでしゃがみこみ、なまえの方は紙コップを口元にあてる。

『きこえますか?』
「!」

きこえますか、となまえの声が、紙コップから送られて来た。52は紙コップと遠くのなまえとを交互に見つめて驚いている。なまえは、にこりと笑ってから、口元にあった紙コップを耳にあてる。

『きこえた』

きこえた、と52の声が、紙コップから返って来た。
普段から、二人の会話は二人にしか聞こえていないけれど、こうしてみると余計に、ここは二人だけの世界だという感じがして、赤い糸が二人を確かに繋いでいるという感じがして気分が良かった。
52が耳に自分の紙コップを当てると、なまえから声が飛んでくる。

『おもしろいでしょう』

やや間があって、用意ができると52が言う。

『おもしろい』

慣れてしまえば大した遊びではないとわかるけれど、今は大変に面白かった。そして不思議なのは、普段は聞かないようなことを聞けてしまうことだった。順番に喋らなければならない、という制約のおかげか、二人は、いつもよりいろいろなことを聞いて、話した。

『すきなたべものはなんですか?』
『そらとうみならどっちがすき?』
『すきないろは?』

お気に入りの場所のこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと、理不尽なこと、ここ一月で一番美味しかった夕飯のこと。聞いても良いのだろうか、ということがさらりと聞ける。そういう穏やかな時間だった。
いくつか質問をやりとりして、52がなまえに聞く。

『なんでこんなものつくったんだ?』

なまえはにこり、と遠くで笑った。
52は紙コップを耳にあてる。

『きみに、すきだとつたえたかったからですよ』

驚いて、ぱっと顔をあげる。
なまえは照れたように首を傾げて、やっぱり、笑っていた。
今すぐに返事をしたくて電話を口に持って行くが、なまえはそれを耳元に持って行こうとしなかった。
渋々、続けて52が受ける。

『これなら、ちゃんとじぶんのおもいをことばにできます』

顔を見ちゃうと恥ずかしいから、と彼女は言い、そして続ける。

『すきです』

すきですよ、と繰り返される彼女の気持ちに返事をしたくて彼女が紙コップを耳に持って行くのを待つのに、すきだすきだと繰り返すばかりで、こちらの気持ちを聞いてくれそうにない。

『ほんとうに、だいすき』

目に見えて、触れられる場所にいるのに、離れているのが耐えられなくて、目にもとまらぬ速さで52はなまえに飛びついた。

「俺も好きだ」

折角糸電話作ったのに、と笑う唇に噛みついて、押し倒して「もう一回」と強請ってみた。


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0502:プロット交換会で紅茶あめさんにプロット貰って書かせて頂きました。本家の腹を抱えて笑える夢も是非どうぞ…。

 

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