一滴垂らして夢を見る/カリム


よく謝っておいて欲しい、とタマキに言われ、何か手土産も用意するべきだろうかと思案する。

「カリムの好きなもの? ……貴方からの贈り物ならなんでも喜びますよ」
「よし! 俺からとっておきをやるぞ! ほら! これを巻いていけば大喜び間違いなしだぜ!」

なまえは、ありがとうございます、と頭を下げたが、手に入ったのは長めの赤いリボンだけだった。教えてもらえそうにないと早々に諦めてしまったが、せめて苦手なものだけでも聞いておくんだったと後悔した。
そもそも、迷惑をかけたのはタマキなのだから、タマキも一緒に選びに行くのが筋なのでは。そこまで考えて、街中でまたタマキのラッキースケベられが自分にも伝播したらと思うと恐ろしく、一人でいいやと首を振った。
当たり障りのない、口に入れたらなくなるようなものがいいだろうか。無難に焼き菓子でも買って帰るか。万が一ダメだった場合他に配ってもらえばいい。きっとこういうのは気持ちが大切なのであって。
あ。
なまえはぴたりと立ち止まる。そう言えば。

「一つ知ってるなあ。好きなもの」



廊下で三人で居るところを後ろから近付く、三人だからやや声をかけ辛いと思ったが、カリムはいつものように匂いでなまえに気付いて呼びかける前に振り向いた。次いで、烈火、フォイェンも振り返り、二人は何やらアイコンタクトをしたのち、それぞれにカリムの背を叩いて先に行ってしまった。

「すいません、呼び止めて」
「構わねェよ。どうした」
「これ、先日貸して頂いたローブとシャツです。お騒がせしてすいません」
「ああ……、あの面倒くせえ面倒事か。お前も巻き込まれて巻き込まれただけだろうが」
「いえ……、まあ……、そうとも言えるんですが、タマキをちゃんと支えておければ被害は拡大しなかったので……、次は食い止めます」

なまえは服の入った紙袋を渡し、カリムはそれを軽く確認した。服の上に、赤い包装紙に包まれた箱が乗っている。この辺りでは割合に有名なケーキ屋のタグがリボンにくっついている。

「なんだこれは。俺はこんな菓子みてえな菓子貸した覚えはねえぞ」
「それはあれです、ご迷惑かけたので、よかったら食べて下さい。タマキからの元手で買ってきました」
「選んだのは、お前なのか」
「はい。あ、食べれなそうだったら適当な人に横流ししてください。不味くはないはずなので」
「……」

カリムはじっとなまえを見下ろす。つい、脳裏に先日の下着姿のなまえがちらつくが、ぎゅ、と眉間に皺を寄せることで不埒な想像を振り払う。

「それならなまえ、今からちょっと付き合え」
「え、っと?」
「丁度一息入れようと思ってたところでな。たらればの話は置いておくとして、被害を受けたのは一緒で同じだ。元手がタマキだって言うなら、お前も食っていいはずだよな?」
「あは、そうかもですね」
「付いて来い、茶でも淹れてやるよ」



これは大丈夫なのだろうか。となまえは一瞬考える。しかし、カリムは至って普段通りであり、公私混同しているようにも(なまえには)見えない。何かしら内密に聞き出したいことでもあるのかもしれない。とおとなしく淹れてもらったアップルティーに口を付けた。

「美味しいです、ありがとうございます」
「そりゃあよかった。貰いモンなんだが、なかなか減らなくてな」
「それでええと」
「ん」
「カリム中隊長、もしかして、気になる女の子でもいるんですか」

ぶ、とカップの中でカリムが紅茶を逆流させた。

「ごほ、な、なんだ唐突に突然、一体どこにそんな確証、根拠があって言ってやがんだ」
「根拠とかはないですけど、人に聞かれたくない話でもしたいのかと……」
「お前なあ……、例えば仮にそうだったとして、例えば仮にこの場面をそいつに見られでもしたら逆効果だろうがよ」

パタパタと顔を手で扇いで誤魔化すと、なまえはおかしそうに小さく笑った。タマキとよく一緒にいるせいか、クールで読み辛い印象があるのだけれど、話をしてみると案外付き合いやすい相手であることは、既に周知のことである。
ただ、読み辛いのは誰にとっても同じで、先の言葉もからかったのか本気だったのかわからない。今は楽し気に笑っている。

「カリム中隊長って面白いですよね」
「あ? バカにしてんのか」
「いえ、最近見かけると観察させて貰ってるんですけど、カリム中隊長は面白いですよ」
「……勝手に許可なく上官を観察すんな」
「あはは」

「お前は思ったよりマイペースな奴だよ……」話のほとんどはタマキのラッキースケベられについての話題であったが、以前より親密になったのは確実であった。カップ一杯の紅茶を飲み終える頃に、話に区切りをつけ頭を下げる。
カリムにとってもなまえにとっても、楽しい時間となった。

「では、カリム中隊長。ありがとうございました」
「ああ。またその内近い内に遊びに来い」

ひら、と手を振ると、なまえは再び頭を下げた。
人が一人いなくなっただけで、自室にぽつりと、やけに寂しく感じる。のだが。
すん、と鼻で空気を吸い込むと、なまえのあの香りがまだ残っている。烈火やフォイェンには「なまえの匂い? ああ言われてみれば」程度にしか香らないようなのだが、カリムは漏れなくなまえが近付けば匂いでわかるようになってしまっていた。
紙袋の中の、自分のローブを取り出す。

「……」

洗われているとは言え、なまえの部屋に置かれていたはずだ。
ゆっくりと鼻先に近付けて。

「カリム中隊長、ごめんなさい、一つ忘れてたことがあって……」

なまえが返しに来たローブの匂いを嗅いだ瞬間、再び扉が空けられた。

「……」
「……」
「……なんだ」
「ああ、えっと、これ、私が使ってるパフュームオイルです。付けるのは微妙かもしれませんけど、部屋にだったらおかしくないし、好きな匂いなら癒されていいなと思って……、よかったらこれも」

カリムは怒ればいいのかショックを受ければよいのかわからず、また、なまえも謝るべきなのか茶化すべきなのかわからず、気まずい沈黙の後、いつもの調子で真剣な顔をして聞いてみた。

「……すいません、ローブ、部屋干しだったし、変な匂いします……?」
「いいかもう匂いのことは言うな。あと次からは必ず絶対に確実にノックをしろどれだけ親しい相手の部屋に入る時でもだ」

言いながら、カリムはなまえからやたらと長いリボンの付いた小さなビンを受け取った。


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20191027:勝手に匂いフェチみたいにしてごめんねだぜ。

 

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