20200313/リヒトvsジョーカー


なまえは眉間に皺を寄せて、僕から渡されたこの当たりのお店で一番値段の高いチョコレートアソートを見下ろした。緑色のパッケージなのは中身が抹茶だからだ。わかりやすくていい。

「……ホワイトデー?」
「正解! 抹茶のチョコレート好きでしょ?」
「好き……」
「よかった。僕のことも好きになった?」
「それで、望みは……」
「ええ? 無視なの……?」

なまえはじっと僕が手渡したチョコレートに向かって話をしている。早く開けたいようだが、僕の計算通りバレンタインに強請りに強請った結果貰えたブラックサンダー一つに対して重めのお返しが返って来たから罪悪感に苛まれている。
これは、普段聞いてもらえないお願いを聞いてもらうまたとないチャンスだ。

「実は僕、今日誕生日なんだけど」
「へえ……フーン……そうだったの? おめでとう」
「うん」

にこ、と笑うと、なまえははあ、溜息を吐いた。

「……で。何が欲しいの?」

その言葉を待っていた。僕は白衣のなかからずるりと洋服を取り出す。いつこういう日が来てもいいように準備しておいたとっておきだ。サイズもばっちりだし、なんなら僕が温めておいた。

「これ、着て?」

なまえは眉間の皺を深めて、僕がひらりと取り出した服を忌々し気に睨み付けた。黒いワンピースにフリルの沢山ついた白いエプロン。メイド服だ。



なんでこんな目に、となまえは言って、しかし言われた通りに僕の頭を撫でていた。細い指がさらさらと触れて気持ちがいい。もっといろいろ触って欲しいところはあるけれど今日のところはこれで我慢だ。あまり調子に乗って怒られるともうやってくれなくなってしまうかもしれない。
極楽とはこういう境地のことを言う。
そんな二人だけの空間に、ジョーカーがふらりと入って来る。入って来るなりぎょっと僕となまえと交互に見て、こういう時この男はとんでもなく真面目な顔で状況を問う。

「……なにしてんだ?」
「かわいいでしょ。僕のメイドさん」

この言葉だけで僕から情報を抜き出すとは不可能だと判断したのか、改めてなまえの方に同じ言葉をかける。

「……なにしてんだ?」
「ジョーカーも着てよ」
「なんでだよ」
「私のこの微妙な気持ちを半分貰って」
「無理だろ。っつーか、わざわざ用意したのか? 丈が長いところがガチっぽくてヤバイな」
「でしょ」
「ちょっと……、僕ここで聞いてるんだけど……」

聞かせてるからね、となまえは大きなため息を吐いた。「そんなに溜息ばっかりついてると、幸せが逃げちゃうよ?」「ジョーカー、捕まえといて」「よしきた」……こういう時、この二人はやけに息が合っていて嫌になってしまう。

「それで、なんでこんなことになってんだ?」
「バレンタインチョコ(ブラックサンダー)が、値段的に千倍になって返ってきて罪悪感にさいなまれているところを『ジツハキョウタンジョウビナンダ』などと追い打ちをかけられしょうがなく言うことを聞いてる」
「ああ。そうだったなホワイトデー」

合点がいったと軽く笑って、ジョーカーも緑の紙袋を取り出した。ものはついでだと彼もブラックサンダーを貰っていたのを思い出す。

「ほれ。最強さんのお墨付きだ」
「あ。緑茶」
「好きだろ」
「好き」
「俺のことは?」
「うーん……」
「えっ、ちょっと、ダメダメダメッ! 何で悩むの! 僕の時は無視だったじゃない!」

起き上がってなまえを引き寄せる。なまえの冷たい頬がぴとりと僕の胸にくっつく。全くもうなまえは照れ屋なんだから。どさくさに紛れてぎゅうぎゅう抱きしめるが今日は抵抗する素振りがない。目から光が消えているのがやや残念だが、何を犠牲にしたとしても今日ばかりは譲れない。

「今日は僕のだから駄目だよ」
「なあ、下どうなってんだ。ガーターベルトか? 見せてくれ」
「ちょっと悩んだ私がバカだった。味方はいない」

迷うことなくスカートに手を伸ばすジョーカーの手をなまえが叩き、ぎゅ、とスカートを押さえていた。ううん。イイ眺めだ。ただジョーカーがなまえにちょっかいを出し続けているのが気に入らない。

「駄目だってば」

僕もまたなまえを守るように腕に力を込めるとジョーカーはにやにやと笑いながらこちらに手を伸ばしてくる。いい加減二人にしてくれないだろうか。

「ちょっとぐらいいいだろ」
「よくない」
「なまえ。こっちこい。そんな貧相な胸にくっついてねェで」
「餃子食べたい」
「もう、なまえ。現実逃避してないで否定してよ」
「あ? どう見ても俺の方がデカいだろうが。おら、なまえ。俺の方が巨乳だぜ?」
「あははは! そのセリフ最強に頭が悪い!」
「君のツボよくわかんないし、そこを否定して欲しいわけじゃない……」

なまえはジョーカーの発言が相当面白かったのか「ふふ」と笑っている。笑ったからやや体が温かくなった。今日は眉間に皺ばかり寄せていて、そういう顔も僕は大好きだけれど、やっぱり笑っているほうがいい。
僕はきゅううう、と鳴る胸になまえを閉じ込める。

「あー、かわいっ。ほんとずるいんだから」

今なら機嫌がよさそうだし、ちょっとぐらい手を滑らせても大丈夫なんじゃないかと手のひらを動かすと、なまえはぴたりと笑うのをやめてきっぱりと言い放つ。

「あ。それ以上手が上に来たら今すぐここにある白衣全部燃やすよ」
「やめて。困るから」
「おい、いい加減こっち来いよ」
「千倍返しがなければ今すぐ逃げ出すんだけど」

来年からはもうちょっとちゃんとしよう、となまえはやっぱりため息を吐いている。この作戦は今年だけしか使えないだろう。ふふ。けれど今日はまだまだ終わらない。

「作戦勝ちだね」

勝ち誇って僕が笑うと、ようやくジョーカーも僕の誕生日を祝う気持ちになってきたのか僕たちから離れて行った。

「チッ、俺の誕生日はどうしてもらうかなァ……」
「バニーガールどう? あるよ」
「お前本当にヤバイな……」

修道服とかだと本気で色々心配されそうだったからそれは言わなかった。別に僕は、シスターに興奮するわけではなく、いろんな格好のなまえが見たいだけなのだけれど。

「誕生日の無駄遣いだ……」

これでなまえが、次から誕生日を忘れないでおいてくれるなら、何の文句もない。
このあと一緒にお風呂に入ろうよ、と誘ったのだが断られるも、せめて添い寝、と譲歩するとオッケーだった。もれなくジョーカーも付いて来たので、次やるのならば確実に二人でいられる場所の確保も必要だ。まあ、なまえが僕を選んでくれたら、必要ない作戦なのだろうけれど。うっかり好きになってもらうにはどうしたらいいものか、考えていたらいつの間にか眠っていた。


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20200314:リヒト君誕生日おめでとう。

 

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