20200314/桜備vs紺炉


目の前でしゃがみ込み、こちらをにこにこと見つめる三十代の男二人に私は頭を抱えたくなった。



その残念さ加減にはなんとなしに気が付いていたが、普段はあまり表情とか行動に出さないように接していた。ただ、二人きりにならないようにだけ気を付ける。
のだけれど。

「よう、なまえ」

第八の自室の前で待たれてはどうにもならない。予測も(したくないし)回避もできない。しかしこれしきのことで驚いていては第八ではやっていけない。

「あれ? 紺炉さん。おはようございます。どうしたんですか?」
「ああ。ちょっと用があってな?」
「誰か呼んできます?」

わかっているが、これは今から起こることに予測を立てているのだ。デートの誘いか第七への勧誘か、はたまたプロポーズか……。「わかってるだろ?」と紺炉がゆるく笑うので私はそっと扉を閉めて立ち位置を変えようと足を動かす。

「その必要はねェよ」

まあ許されない。とん、と顔の横に手をつかれて閉じ込められた。三十センチ近く差があるから、壁ドンなんてされた日には、これはもう檻だ。

「そうですか?」
「ああ。用事の方から来てくれたしよ」
「ん?(何言ってんだ?)」
「今日、ほわいとでーって日なんだろ?」
「ああ!」

なまえはバレンタインに紺炉から菓子を貰っていた。
用意してありますよ、待っててください、と言うと手を退けてくれたので部屋に置いてあるお菓子の袋を一つ取り、廊下に出る。「エッ」廊下に出ると、紺炉の隣に桜備がいた。

「おはよう、なまえ」
「おはようございます、桜備大隊長がこんなところまで来るなんて珍しいですね?」
「ああ。ところでなまえ」
「はい?」
「それ、俺のか?」
「ん?」

ぴ、と桜備が指を指したのはなまえの持つ紙袋だ。なまえは一つずつ状況を理解しようと頭を働かせる。修羅場なのは考えなくてもわかるが、ここが地獄でも修羅場でも、抜け出さないことにはしょうがない。
ずい、と桜備となまえの間に紺炉が割り込む。

「おいおい、物事には順序ってやつがあるだろ? 第八の大隊長さんよ」
「そうかもしれませんけどね。こういう事はなまえが好きなようにするのが一番ですよ」
「ん、んん? ああ、桜備大隊長もお菓子ですか? ちょっと待ってくださいね」
「待った」
「え」
「まずはそいつを俺にくれるかい」

中身はどっちも同じだから別にどっちがどっちを持って行っても問題がない。が。

「なまえ。気にしなくていいから俺のとってきて俺にまずくれ」
「いやァ。全力で気にしてくれ。まず、そいつは俺のだろ?」
「ええ、と、いや、別に、え?」

なまえはどっちも同じですよ、の一言をぐっと我慢する。そんなことを言おうものなら、ならば余計に順番は大事だとか言い出しかねない。
そして大体の状況の理解を終えた。アホらしくて死にそうだが、真面目にしなければ性的に殺される気がして必死に表情を引き締める。

「え、これ、適当にしたら遺恨が残るやつですか」
「適当にするつもりだったのか?」
「順番ってのは大事だろ。お前さんの一番を俺にくれ」
「なまえ。俺たちは別に無理矢理なまえの一番を貰おうってわけじゃない。なまえがまず渡したいと思う方に渡してくれればいい」
「……(その一番どちらかであることを疑ってない時点で大分おかしい)」

やばい。ガチだ。なまえは年上の男二人に取り合われてドキドキするのも忘れて冷や汗を流している。心底どっちてもでいい。ホワイトデーのプレゼントの中身は同じだし、どっちが先だったとしても、先だったほうに気持ちが向いているとかはない。
もう一度言う、心底、どっちでもいい。

「んー、と……」
「なまえ」
「なまえ?」

桜備と紺炉が目線を合わせるためにしゃがみこんで、じっとこちらを見上げている。おまわりさんこっちです。子供に言い聞かせるような姿勢なのに圧が強い。

「とりあえずやっぱり、二つあるのでもう一つを取りに……」
「一つはあるじゃねェか。俺はそれ貰えたら今日は帰るからよ」
「相変わらず暇ですねえ」
「なんのなんの。他ならぬなまえのことだ。痛くも痒くもねェ。お前さんこそいつまでもこんなとこで油売ってていいのかい?」
「俺もなまえから菓子を受け取ったらやることは山積みですよ」
「……」

私の魂胆はお見通しなのだろう、ちょっとぐらい思い通りに動いてくれればいいのに、両腕をそれぞれに掴まれていて動けない。
子供だってこんな厄介なことはしない。いや、大人がするから厄介なのか。他人事のように考える。

「もうお前の心一つだぞ、なまえ」
「頼むぜ。俺は今そいつが一等欲しくてな」
「気を付けろ。隙を見せたらぺろっと食われるぞ」
「いやあ一息でいくなんて勿体ねェことはしねェよ。ゆっくりじっくり蕩かされてみたいと思わねェか?」
「セクハラで訴えられますよ」

そんなことするわきゃねェだろ。しますよ。勝てます。言い争いがはじまった。やや手の力が緩んだのを感じ取って、菓子の袋を開ける。今だ。
ヒートアップする二人の口論の合間に、文字通り菓子を捻じ込む。
左右の手に持ってぎゅ、とそれぞれの口の中に押し込んだ。同時だった。と思う。

「これで勘弁してくださーい!」

もごもごと口を動かしている間になまえは全力で走って逃げた。

「チッ、今日はここまでか」
「本当に、あんまり追いつめんで下さいよ」
「そろそろ崖際だと思うんだがどうかねェ」
「落ちて来るとしたら俺のところですからね」
「えらく自信があるなァ」
「第八のなまえですから、俺のも同然ですよ」
「今に俺のになるぜ」

余ったお菓子は一人で食べた。
いっそどっちかと付き合った方が楽な気はしつつ、これを選ぶのはつまり墓場を選ぶことと同義である気がしてやっぱり頭を抱えるしかない。


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20200311いつか真面目にやりたい30代サンド

 

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