20200314/紅丸vsパーン


機嫌が悪い。機嫌が悪い。機嫌が悪くて微妙な顔をするくらいだったら傍に寄らないでくれると嬉しいのだけれど、それでも朝はせっせと会いに来るし、休日ともなれば飲みに誘われるか散歩に誘われるかどちからかだ(あるいはどちらもだ)。私の休日は別にこの男の為にあるわけではないのだけれど。紺さんにも頼まれて仕方なしに一緒にいることが多い。

「おい、三月十四日」
「そんなに何度も聞いても予定あるったら」
「チッ」

ただ最近の休日は浅草の外に遊びに出かけていることも多い。ほぼほぼ行き当たりばったりなこの男がわざわざ事前に遊びに誘うくらいには。とは言え既に入っている予定を取り消したりはしないので、まあこういうこともある。

「なら、埋め合わせ」
「だから、前の日の夜なら遊んであげられるって」
「駄目に決まってんだろ丸一日寄越せ」
「だったら未定」
「三月、十四日」
「その日は予定ある」

紅はもう一度盛大に舌打ちをする。本当にここ最近機嫌が悪い。私が忙しいのはいつものことなのだが、彼はどうやら、私がパーン中隊長とプライベートで会うのが大変に気に入らないようである。彼がここ数日毎日聞いて来る三月十四日、つまりホワイトデーもパーン中隊長とデートの予定であった。



二月の二十日、二人の誕生日から約一月。その少し前、私は二人ともにバレンタインの贈り物をしており、そして二人ともがそのお返しをくれるという話だ。パーン中隊長は例のごとく一月前から明日、三月十四日という日を予約してくれているから、今度こそ紅に惑わされずにパーン中隊長とのデートを楽しむつもりだ。これはもうなんと言われようと絶対そのつもりだ。
ホワイトデー前日の夜、紅は結局あれだけ文句を言っておきながらもやってきて、部屋に居座っていた。最悪日付が変わる前くらいには帰ってもらいたいな、などと思いながら片付けと明日の準備をする。
そうこうしている内に、けたたましく電話が鳴ったから、三コール目で受話器を上げる。
相手は何となく予想がついている。

『悪いな、夜更けに』
「パーン中隊長。いえ、いいんですよ」

ぴく、と紅が反応してこちらににじり寄って来る気配を感じつつ自然と声が弾んでしまう。前回のリベンジだ。きっと穏やかな一日になるに違いないという期待がある。パーン中隊長は一月前のように明日は大丈夫か、体調は悪くないか、と色々気を使ってくれた。大丈夫、と言うと『それならよかった』とほっとしていた。

『大丈夫じゃなくなったらすぐ教えてくれ』
「あはは、やだな、大丈夫で、」
「大丈夫なわけねェだろ、人のお、……さななじみを許可なく連れ回しやがって」
「あっ、こら、紅!」
『! 新門大隊長……』

受話器を取られて、私はと言えば紅に片手で押さえられていてどれだけ手を伸ばしても受話器に手が届かない。ああああ、駄目だ、このまま好きにさせていたらこじれる気配がする。パーン中隊長もあれで子供っぽいところがある、乗せられないとも限らない。

『なまえを連れまわすのに、貴方の許可が必要ですか』
「あ? 当然だろうが」
「紅! 返してってば!」
「うるせ……っ!?」

私はいいが、他に迷惑をかけるのは許されない。「……怒るよ」と静かに言うと紅はやや迷った後、いくらか声のトーンを落として受話器の向こうのパーン中隊長に話しかける。

「明日、お前もこっちで飲みに付き合え」
『!』
「はあ!? 何言ってんの!」
「飲めるだろ」
「紅!!」

いい加減にしろ、と思い切り暴れて受話器を奪い返した。すかさず「ごめんなさい、無視してくださいね!」と言うのだがパーン中隊長は長い沈黙の後『なら、明日はそちらに行く』と……。なに? こちらに来る……?「ちょ、ちょっと、ちょっとまってくださいパーンちゅうたいちょ」『おやすみ』「え、あのっ」会話の終了がやや強引だったのは、パーン中隊長にも思うところがあるからだろう。

「え」
「……明日、お前も来るな?」
「ええ……?」

なんでこんなことに。



ぴりついた空気の中。私はどうしてかパーン中隊長と紅に挟まれて、紺さんに生暖かく見守れながらお茶割と偽ったただのお茶をすすっていた。

「そうだ、なまえ。バレンタインのお返しを作ってきたから受け取ってくれ。口に合うといいんだが」
「え、あ、ああ、ありがとうございます」

小さな紙袋を受け取ると、中にはかわいくラッピングされたお菓子が入っていた。貝の形の焼き菓子。マドレーヌだ。右側に座っている幼馴染からの圧が強いがやや癒された。店で買ってきたと言われてもなんの違和感ない、わざわざ箱まで凝ってくれたらしい。「か、かわいい……! 大事に食べますね」これは後でゆっくり頂くとして、袋の口を閉じるとパーン中隊長の穏やかな笑顔と目が合ってきゅんとする。

「おい、なまえ」

そんな甘い雰囲気も束の間、が、と紅に顔を掴まれ無理やり紅の方を向かされる。

「うっ、な、なに?」
「……」

どん、と目の前に一升瓶が置かれた。奇しくも私が誕生日に贈った酒と同じ酒蔵のものだ。「ん」とこちらに寄せて来る。くれるということだろうか。これが、紅からのバレンタインのお返し、と。

「……あー、うん、ありがとう」
「あ? なんだその反応」

多分飲み切るのに一年かかるな、とやや遠い目をしてしまう。そんなことをしているとパーン中隊長と紅は一瞬目を合わせて静かに睨み合っていた。胃が痛くなりそうだ。こういう時はキャベツがいいらしい。私は目の前に置かれているお通しのキャベツを齧りながら今日を乗り越えることになる。



それからはもう時間が経つ事に地獄だった。紅はくっついて来て酌をしろとうるさいし、パーン中隊長は隣で私を甘やかし続けていた。どちらかが動けば反対側も動く。浅草の皆も紺さんも、最終的には珍妙なものを見る眼差しでこちらを見ていた。助けてくれる気配はやはりない。

「なまえ、酒」
「ああ、はいはい」
「なまえ、これ美味いぞ。食べたか?」
「いえ、あ、ありがとうございます」
「おい、俺以外に色目使ってんじゃねェ」
「使ってない」
「こっちのも食べるか?」
「はい、頂きます」
「……」
「いたたたた、痛い、紅、引っ張ったら痛いから」

そして定期的に私を挟んで睨み合う。頭上で火花が散っていて全く、これっぽっちも気が休まらない。引き合わせてはいけなかったんだ……。

「……」
「……」

女将さんにこっそりと「で、どっちが本命なの?」と聞かれてしまった。見てわからないか、今はそんな余裕はない。
二人が潰れるまで宴会は続き、私は二人ともを紺さんに押し付けてそっと帰った。長い、長いホワイトデーだった……。


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20200310:楽しくなってしまった為…などと供述しており…。

 

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