20200314/火縄vsカリム


第一特殊消防隊に居た時は、それはもうバレンタインにチョコレートを貰ったもので。ほぼ全員隊の関係者だった為、なまえはホワイトデーを管理しやすいように貰ったらあげる方式を自分の中で確立した。お返しは主に例の青い洋菓子店で買った菓子だったのだが、カリムと恋人関係になってから、流石に同じものを渡すのは、と一つだけ特注品にして貰っていた。
今年はそれが二つになった。
事務室に入るなり、先に居た何人かの隊員の目も気にせず、二つある紙袋の内一つを火縄に渡した。

「火縄おはよう。ハッピーホワイトデー」

力のある目をより見開いて紙袋を受け取る。この紙袋を見るのは二度目だった。一度目はカリムが持ってきた。がさがさと中から菓子を取り出す。チョコレートだ。ただのチョコレートではない。成人男性の顔ぐらいの大きさの、これは、……キリンの形だ。

「……なんだこれは」
「キリン。いいでしょ」
「どういう意味があるんだ」
「えっ」

なまえは予想外の反応の悪さに一瞬、ぴたりと固まった。

「い、意味……? いや、良くない? それ……」

明らかにがっかりとされてなまえの自信がしぼんでいく、そんな馬鹿な。

「えっ?」
「……」
「嘘だ、それ、良くないの……?」

火縄的には言葉を失う程に微妙だったらしい。なまえも喜ばれていないのは見ればわかる。急いで周囲を確認しても、火縄を憐れむ視線が向けられており、どうやらおかしいのは自分なのだと思わざるを得ない。

「嘘……? どこが駄目?」
「何もかも駄目ですよ……」
「なんで?」

見かねたシンラの言葉になまえは「ええ?」とすっかり事務室に入って来た時の勢いを失っている。恐る恐る火縄の顔を確認するが、依然として哀愁の漂う顔でキリンと見つめ合っていた。キリンだから駄目なのだろうか。とは言え、その菓子はあの店の菓子なわけだから、ハズレはない。

「そんな顔しなくても……、味もいいと思うけど……」

遂には溜息まで吐かれたが火縄としては突き返すつもりはない。やたらとリアルなキリンを紙袋に仕舞って「ありがとう」と返した。「ど、どういたしまして……」なまえは自分のデスクに座りながら首を傾げている。
後に「どこがダメだった?」と聞かれたリヒトは「いや、普通に成人女性のチョイスじゃないでしょ」と爆笑していた。



「なまえさん、こんにちは」

昼頃、狙いすましたかのようにカリムがやって来た頃には、朝、キリンのチョコレートを残念がられたことなど忘れて顔を上げる。最近はなまえが気兼ねなく第一に顔を出す様になったこともあり、カリムもまた時間があれば第八にやって来る。

「ああ、カリム。丁度いいところに。はい、ハッピーホワイトデー」

二つ目の紙袋をカリムに渡すと、可哀そうに、という中身を知っている第八の隊員からの心の声が部屋に漂った。のだが。カリムは袋を受け取ると中身のキリンを見て待ってましたと顔を上げた。ぱっと輝く、満面の笑みだ。

「っ! ありがとうございます! いつものですね」
「そう」
「アレも入ってますか?」
「あるよ。三枚綴り」

ありがとうございます、と本当に喜んでいる様子で袋の中身を改めて見ながらわくわくとしている。なまえは安心して、そして朝の火縄の様子を思い出して、カリムを指さして振り返る。

「……ね?」
「俺がおかしいのか?」

そして火縄はマキにそう問うのだが「えっ、いや、う〜ん……、うさぎちゃんとかならともかく……」「お前に聞いた俺が間違いだった」で話は終わってしまった。そんなやりとりをカリムは見ていて、なんとなくの事情を察したのか、く、となまえのツナギを引く。そして、こそりと交渉する。

「……五枚になりませんか?」
「いいよ。このお返しに自信を取り戻させてくれたから二枚おまけ。ちょっと待って」

火縄もここでようやくどうやらあのキリンのチョコレートはただのキリンのチョコレートではないと気付く。そう言えば貰った時にこの大きさにしては重くないと感じたことを思い出す。もしかしたら中に何か入っているのかもしれない。
なまえは適当なメモ用紙を二枚に割ってそれぞれに文字を書く。「はい」

『マッサージ券』

それはそれで成人女性の発想ではない。

「小学生か」
「いやこれが結構評判で。券は激レア品なんだよ」
「年々上手くなってましたしね」

火縄はもうこれは完全に、なまえの手作りを期待したり、だとか、もっと可愛らしい贈り物を期待したことが間違いだったと溜息を吐いた。しかしマッサージ券とは。仕込んであるものが知れればなるほど、作ったり買ったりした方が格段に楽だが、なまえはあえて手のかかるお返しをくれた、と。そう考えると彼女らしくはある。
のだが、付き合いの浅いマキはこれが、一歩間違えば恋人になる男へのお返しだとはどうしても思えないようでなまえにそっと疑問をぶつける。

「あの、なまえさんはその、手作りとかを返さないんですか?」
「作ってもいいけど。料理だったら火縄が一番だから」

だから、違うものを渡すし、菓子の方は信頼のおけるプロに委託している。

「「!」」

なまえのその言葉は、カリムと火縄の胸に違う形で突き刺さる。

「料理……、料理か……」
「……」

カリムは「俺も練習するか? いや、別に俺も作って作れないわけじゃ……」と一気に形勢を逆転されたような気分になり、火縄は顔には出さずに心の中だけで小さく拳を握った。


--------------
20200309:元々距離感はちょっとおかしいし胃袋は掴まれている。

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -