vsカリム編end


休憩時間に入ると同時にぐっと体を伸ばす。隣に座っているタマキならばこの気持ちをわかってくれるだろうかと声をかけた。

「タマキはさ、第一の教会からちょっと歩いたところにある青色の洋菓子屋さん知ってる?」
「知ってます! あそこ美味しいですよね。なまえさんも好きなんですか?」
「うん。第一に居た時はよく行ってた。あそこ売ってる紅茶も美味しいし、期間限定品が出る度に買ってたね」
「紅茶は飲んだことなかったです。なんだかもう懐かしい……。ああーっ、話してたら食べたくなってきませんか?」
「なるねえ。あそこの季節の果物入ったマフィンが好きで好きで」

マキやシンラが「そんなに美味しいんですか」と話しに入って来る。タマキが「美味しいなんてもんじゃねェよ」と説明してくれるので私は体を伸ばしながら、また次第一の消防教会に行くことがあれば買って帰ろうと心に決めた。あそこのおいしさはもっと世間に知られるべきだ。
事務室の扉がノックされて、シスターが誰かを連れて入ってきた。白いローブ。第八に出入りしている白いローブの男と言えばカリムしかいない。

「どうも」
「あっ、カリム中隊長!?」
「伝道者絡みの情報で気になる話が入って来てな」

となると用事は桜備大隊長にか、と道を開ける。カリムがここに居るのも随分見慣れた風景になった気がする。

「それはそれとして、なまえさん。これ」

カリムは案の定、桜備大隊長に報告しに来たようだけれど、ぱちりと私と目を合わせると、手に持っていた水色の袋を私にくれた。「……あれ、その袋」タマキが言う。私が袋を開いて中に入っていた箱を取り出すと、今まさに話していた季節限定のマフィンが並んでいた。
カリムは得意気ににやりと笑う。

「そろそろ食べたくなる頃じゃないかと思いましてね」

気の利き過ぎた後輩を持つとそれはそれで大変だな、と私は黙った。

「……」

ばき、と、火縄のデスクの辺りからペンをへし折る音が聞こえたが、聞こえなかったフリをして有難くお土産を頂戴する。頂戴したからにはタダで帰すわけにはいかない。幸い今日の食事当番は私だ。

「カリム、昼は食べた?」
「まだです」
「今日私当番だから、報告が済んだら第八で食べていったら? 何が食べたい? チャーハン? チャーハン食べたくない?」

中華鍋を振り回したい気分だったのと、もう実は具材をある程度切ってあるのでチャーハンだと嬉しいのだが。なんとか天津炒飯くらいになら変更可ではあるものの、マフィンの恩はなかなか重い。「あくまで自分の予定を押し通そうとしてる……」シンラがぼそりと言ったが関係ない。カリムの返事を待っていると、「ああ、いや」とカリムは左右に手を振りながら言った。

「俺は、なまえさんの料理ならなんでも食いたいですよ」
「……」

これだからこのカリム・フラムという男は私に好かれているのである。悪戯っぽく笑ったと思ったらこんな風に引いてみたり。謙虚になってみたりわざと強く出てみたりと全く多彩な後輩だ。
そこまで言われたらしょうがない。

「ありがとう。じゃあ特別に、肉を多めに入れてあげよう」
「よっしゃ」

やれやれ。相変わらず可愛い後輩だ。



手の中で真っ二つになったペンはもう使い物にならないだろう。カリム中隊長はなまえが今まさに食べたいと言っていたものを、まるで頼まれていたかのように目の前に差し出し、なまえの行動を変えてしまえる権利を貰っておきながら、それを突き返すことにより彼への一皿はなまえからの特別に化けた。あまりにも華麗な手際に感心しそうになる。
すすす、とマキが近くに寄ってきてそっと言う。

「火縄中隊長……、あれ、まずいんじゃないですか……」
「ああ。元恋人は伊達ではないな」
「どうするんですかあ……」
「……どうするもこうするも、どうにかするしかないだろう」
「うぅっ、私はいつでも火縄中隊長を応援してますからね……! 女子組の協力が必要になったらいつでも言って下さいね!」

お前に心配されるほど落ちぶれてはいない、と言うような強がりは言えそうにない。それに、女子組、と一まとめにして言うが、タマキあたりは元々第一の隊員だし、相手がカリム中隊長となれば立場が複雑になったのではないか。とは言え、こればかりは、どんな手段を使ってでも、こちらを見て貰わなければ困る。
使える物は、全て使わせてもらわなければ、到底、勝つことはできないのだろう。



調理場で食材の残量を確認するなまえの背中に声をかける。相変わらず生乾きの髪でうろうろとしている。用意していたドライヤーを見せると、なまえは大人しく椅子に座って「はいどうぞ」と無抵抗だった。
何を話すか考えている内に髪は乾いてしまって、ぱちりとドライヤーの電源を落とすとなまえは「ありがとう」と素直に笑って部屋に戻ろうとした。

「なまえ」
「ん?」

振り返ったなまえの髪をぐしゃぐしゃと撫でる。「ん、なんっ、なんだなんだ!? 折角ちゃんとしたのになんでぐしゃぐしゃにするの」なまえは俺の行動原理がわからないらしく慌てているが、もっとちゃんと困らせてみたくなってぐっと唇を寄せる。
広くも狭くもない額で、ちゅ、と音を立てるとなまえは仰け反って廊下の隅まで退避していた。

「なんで!?」
「……なんでという言い分があるか?」
「どうして」
「意味は全く変わってないな」
「と、と、突然そんなことされたらびっくりするでしょうが」
「許可を得ればいいのか?」
「良くないよ」

ああびっくりした、となまえは廊下の壁から体を話して深呼吸している。頬が赤いのはきっと気のせいではないはずだ。

「少しは俺のことも意識したか?」
「何言ってんだ……、してなかったら迷ってないでしょうよ……」
「現時点で迷う必要があるということは、もう一手足らないということじゃないのか」
「ええ……?」
「より意識してもらわなければいけないわけだ」
「……」

なまえはなるほど、という気持ち半分、困った、という気持ち半分で溜息を吐いていた。少しの間なにかをじっと考えていたが、なまえは、やめろともやってもいいとも言わないままくるりと俺から背を向けた。「髪、ありがとう。おやすみ」捕まえようと手を伸ばすと今度はしっかり避けられた。警戒されると成功率は下がってしまうな。

「なまえ」
「まだなにかありましたかね、火縄中隊長……」
「それなんだが」
「どれ?」

恐る恐るこちらを振り返ったなまえに言ってやる。
思うところがないわけではないし、俺にも確実に非はあるのだけれど、そんなものを気にしている暇はない。過去のことはもうどうにもならない。

「前みたいに、武久とは呼んでくれないのか」
「あー……」

なまえは更に「ああー……」と頭を抱えた後、ぽつ、と言う。

「呼ばない……」
「カリム中隊長は呼び捨てだろう」

間髪入れずにそう返すが、なまえも負けじと言い返してくる。

「いや、カリムはみんなカリム呼びだから違和感ないけど、火縄は火縄だから私だけが名前で呼んだら浮くじゃん」
「もう大分浮いてると思うが」
「それでも」
「……」
「……」

普段の俺ならば引いていた。しかし、今は勝負の最中だ。カリム中隊長を気安く「カリム」と呼んでいるのが、羨ましくないわけがない。俺だってずっと昔は一番近くに居て、なまえに誰より気安く呼びかけられていたのだから。食い下がる。

「二人の時ならいいんじゃないか。呼び方を戻しても」

俺のこの提案は予想されていたのか、下手に時間を取ると無駄に照れることになるからか、なまえはそれほど間を開けずに。

「……武久。久しぶりだね、こう呼ぶの」

武久、と、なまえの声が頭の中で繰り返される。

「そうだな」

たった一度で満足して別れてしまってから、は、と気付く。カリム中隊長なら素直に「もう一回呼んで欲しい」と言えたのかもしれない。……強敵だ。


-------------------
20200307:次はホワイトデーの話になりますが、ひとまずここまで読んで下さってありがとうございます!感想なんぞを送って頂けたら加速がつきますのでよろしくお願い致します→感想を投げる(マシュマロ画面に飛びます)

 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -