vsカリム過去編09


話を聞いたのはほぼ明け方だっただろうか。

「多分、恋だった」

となまえさんが教えてくれた話は、幼馴染の軍人の話だった。目つきが悪くて眼鏡の、料理が上手い人だったそうだ。世話焼きなのかよく頼んでもいない、なんならやらなくても良いようななまえさんの身の回りのことを気にしていたらしい。父子家庭で大変だったろうに。とも。そういうなまえさんも両親は早くに失くしてほぼ祖母に育てられたのだと教えてくれた。その祖母も二十歳の時には亡くなったと。「私が鎮魂することにならなくて本当によかった」と、ぽつぽつと、思いつくことを話したいように喋っている様子だった。

「その人とは、もう会ってないんですか?」
「卒業してからは全然。その祖母の葬式の時と、あと割と最近その人のお父さんが亡くなって、やっぱりその葬式の時くらいかな」
「……会いたいと思いますか?」
「どうかな。まあ、年に一回くらい近況を話す相手としては、適切なんじゃないかと思うけどね」
「そうですか」

その程度なら、本当にただの幼馴染という感じだ。なまえさんからプロポーズをして、当時フラれてショックを受けたという話だが、今は未練のようなものは感じない。今更どうこうなる心配はなさそうだと安心した。「なら」今は。今はきっと。俺の方が。現恋人の立場にあっても不安は尽きずに、ぎゅう、となまえさんに回っている手に力を込めた。

「痛い」
「すいません」

あれだけ何度もした後なのに、もう次が欲しくて堪らない。流石に我慢しているが、なまえさんは平気そうな顔をして宥めるように俺の体をぺしぺしと叩いた。数回叩くと長く息を吐き出して体の力を抜く。ぐたりと脱力したなまえさんの体がくっついている。

「……流石に疲れた。寝て良い?」
「はい」
「っと、いや、待った」
「どうかしましたか」
「私ばっかり話をしたけど、カリムは話しておきたいことないの」
「俺ですか」

なまえさんは、俺を好きになってくれたんですか。なまえさんは今、恋、してくれていますか。話したいことと言うより確認したいことがある。最中からずっと言おうとして、冒頭すら言葉になってくれない事柄。とは、言っても。

「聞いてみたいことはあるんですけどね。さっきから全然聞けないので、今日はいいです」
「そう」

今日はいい。俺のその言葉を聞くと「じゃあまた、その内」となまえさんはそれだけ言って目を閉じた。本当に疲れていたらしく、すぐに寝入ってしまった。



体を許してくれるのはもしかしてあれ一度きりでは、と思ったのだが、普通にそんなことはなく。お互い次の日が休みであったりすると抵抗なく許可をくれた。許可というか。大抵の場合俺が耐えられなくて『そういう目』でなまえさんを見ているらしい。なまえさんは呆れたように笑いながら「いいよ」と言ってくれていた。この程度で次の日に響くような人ではない。そんなやわな鍛え方はしていない。いや、どちらかと言うとふわふわしてしまうのは俺の方で。
最中必死になってなまえさんの体を堪能していると、不意に頬を摘ままれてニッ、と笑われる。その笑顔にぎゅうぎゅう胸が鳴るものだから、俺はなまえさんを暴くのが止まらなくなって、毎回毎回俺の方の電池が切れるまでしてしまう。流石に回数を重ねると「加減」と怒られるようにもなるのだが、それがまた嬉しくて擦り寄ってしまうと言うような日々。
はじまりはどうであれこれはもう恋人だった。
好きになってくれたのかどうかは聞けなくても、特別であるには間違いなかった。ある程度、俺ならばいいかと思ってくれている節がある。

「好きですよ」
「知ってますよ」

となまえさんは流すように答えるけれど、その気楽な「知っていますよ」に十も二十も意味が込められているから満足してしまう。なまえさんは俺がなまえさんを好きであることを『知って』くれている。俺からの好意を受け取ってくれている。「ごめん」「無理だ」と突っぱねられていた頃から考えたらかなりの進歩だ。
俺の気持ちは溢れるばかりで怖くもあったが、なまえさんがしょうがない、と言う風に笑って貰ってくれるから構わなかった。多少怖いくらいは障害にならない。
だから。そう簡単に捨てられることはないだろうと信じていた。
考えもしなかった。

なまえさんが、そもそも、第一特殊消防隊からいなくなる、だなんて。



教会の端で、見知らぬ男と話をしているなまえさんを見た。俺となまえさんが付き合っていることは周知の事実だから俺の耳にその話が入るのは早かった。なんでも、目つきの鋭い眼鏡の男だったらしい。その特徴は忘れもしない。なまえさんの幼馴染の特徴だった。
なまえさんに確認する前にフォイェンに掴まって「なまえさんに転属の噂があるのは本当か」と聞かれた。そんな話ははじめて聞いた。

「新設される第八特殊消防隊に行くとか……。カリムは何も聞いていませんか?」
「……噂だろ」

噂だ。
きっと誰もなまえさんから直接聞いた人間はいないに違いない。ただの噂。一人で一人歩きして尾びれが付いたに違いない噂。しかし、居ても立っても居られなくなってなまえさんの執務室に飛び込んだ。

「なまえさん!」
「うわ、いくらカリムでもノックくらいし、」
「変な噂が流れてるんですがどこまで本当ですか」

なまえさんはいつも通りに書類に目を通しているところで、俺が飛び込むと驚いて目を丸くしていた。真っすぐなまえさんの前まで歩いて行って、どん、と机に両手をついて詰めよる。噂だ。噂は噂にすぎない。

「変な噂……? ああ、私が第八に行くとかそういう?」
「っ、そ、そうです。それです。それは、」

根も葉もない嘘ですよね、と言う前になまえさんはきゅ、と椅子を回して俺と真っすぐ向かい合う。

「第八に行くのは本当だよ。もうバーンズ大隊長にも話してある」

そういう話が出ている、ですらないのか。
迷っている、という段階、ですらない。
「……はあ?」勝手に、裏切られたような気持ちになる。いいやそれはひとまず置いておけばいい。第八に行くということは、第一から居なくなるということだ。それはつまり。つまり? 最初にしていた線引きの話を忘れたことはない。第一に居る間は恋人でいる。第一じゃなくなる。それは、イコール、この関係は、ここ、で。「ごめん」なまえさんの声にはっとする。

「ごめんカリム。さよならだ」

悪い、悪夢であってくれ。

「それは、なら、なまえさんはッ!」

俺より、その男を取るんですか。
体まで許してくれたのに。その初恋の相手が。やっぱり。

「なまえさんは……」

声が震えている。手の甲に水が落ちて、泣いてしまっていることに気付く。
無駄だ、と、なまえさんのことをよく知っている俺が言う。きっともう、どれだけ泣いても喚いても覆らない。なまえさんがそうしたくてそうするなら、もう止まらない。余計なことを聞けば、傷付くのは俺の方だ。考えてもみろ。もし。「そうだ」とか「そうなるかな」とか言われたら、きっと立ち直れない。

「ごめんね。ありがとう。結構、楽しかった」

結局俺は、打ちひしがれるばかりで何も言えず、楽しかった、とその一言が嬉しくて堪らないでいた。ああ、こんなにも、貴女のことを好きな男は、きっと他にはいないのに。
けどこの人は、何が起きても後から後悔はしないのだろうと思うと、何度でも泣けた。


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20200305

 

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