20200314/52


メッセージが来ている。送り主は52。私があまり返さないせいで用がある時以外に送られてくることは少ない。今回の用事の内容はわかっている。今日は朝からそわそわしていて、なんとなく一月前のバレンタインの日を思い出させた。思い出すと同時に、明日はホワイトデーだったなと思い至った。ならばまあきっとそれ関連のなにかなのだろう。学校ではあまり親しく話しかけないようにしてくれているのかタイミングを逃し続け、文面にも悩んだのだろうか。しかし、悩んだとは思わせない簡素なメッセージだった。

「明日、渡したいものがあるから家に来てくれ」

先月奪われた、五千円のチョコレートに思いを馳せる。あの後その倍以上の値段のするチョコレートをジョーカーさんに貰ったからよいモノの、そうでなければあの事件は一生遺恨が残るだろう。

「いいよ。私もジョーカーさんに渡したいものがあるんだけど、何時なら居る?」

あのチョコレートはジョーカーさんからのバレンタインチョコだと思っているので、私もアレに対してはお返しをしたいと思っていた。この誘いは丁度良い。52の家に行くと言う事はつまり、ジョーカーさんの家に行くということなのである。
52はジョーカーさんに答えを貰っているのか別の理由からなのか、既読の文字が表示された後、うんと時間が空いてから返事が来た。

「午前中なら居る」

ホントか……? これは52を疑う訳だが念のためジョーカーさんにメッセージを送ってみる。

「こんばんは。明日、渡したいものあるんですけど、家にいらっしゃる時間ありますか?」
「朝から出てるからな。けどまあ、三時ぐらいには帰る」
「わかりました」

嘘じゃないか。ジョーカーさん関連の話だとこういうことが結構ある。対面だとその場ですぐに嘘だとわかるが、文字だと流石に見破りにくい。私は改めて52にメッセージを送る。

「三時くらいに行く」

52の方の都合が悪い可能性もあったが、返信が来るまでに時間がかっただけだった。

「わかった。待ってる」

……52が、私とジョーカーさんが仲良くするのを嫌がっているのは、まあ、知っているが、52にそこまで気を使う理由は今のところないのであった。



予告通りに午後三時頃インターホンを押すと学校にいるときよりも生き生きとした52が家から出て来る。軽く片手を上げるとわざわざ玄関の門を開けに来た。

「悪いな。来てもらって」
「ううん」
「あがってくれ」
「お邪魔します」

来慣れた家で、クリスマスや年末、誕生日などはどちらかの家に泊まり合うこともある。もちろん、そう言う時はお兄ちゃんとジョーカーさんも一緒だ。今度四人でどこか旅行へ行こうという話になっているのでとても楽しみだ。
さておき、52は私をキッチンまで案内して、椅子に座らせた。五千円のチョコレートのことはあまり未練がましく考えないようにしている。
「あー」とか「えー」とか言いながら52はやや形の崩れたケーキを冷蔵庫から取り出して私の前に置いた。ホールだ。直径、十八センチというところだろうか。号数で言えば六号。やや照れたようにすっとこちらに押してくる、微笑ましい絵面に反して私はどうにも嫌な予感がしている。

「これ、作ってみたんだ」
「へえ、チーズケーキ?」
「簡単だってなまえ言ってただろ」
「えっと、これ、もしかして」
「ホワイトデーだからな」
「あー……」

五千円のチョコレートのことは考えない。考えない。あれはジョーカーさんがチャラにしてくれた。だかれこれは、うん、ただの贈り物だ。無理矢理バイトを入れた日々のことも考えない。考えない。考えない……。「コーヒーいれるから」と忙しなく動き回る間、私はじっと52謹製のベイクドチーズケーキと睨めっこしていた。ミキサーに材料をぶち込んで焼けば、まあ、食べられるものにはなるはずだ。
五千円のチョコレートとは比べてはいけない。彼は52だ。どこか世間とずれていて、本気であればあるほどから回る幼馴染だ。これは彼なりの本気なのだし、買って渡すよりもこの方が良いと、本気で思ったに違いない。……うん。
52は隣に座って、私にフォークとコーヒーを差し出した。これは余談だが、このコーヒーすら52はつい最近まで上手くいれられず苦戦していた。ようやくどうにか飲めるレベルだ。私はインスタントのコーヒーがどうしてそれ以下になるのかわからない。

「食ってくれ」
「ありがとう……。頂きます」

できれば切り分けて欲しいのだけれど、彼はこれごと、ホールで私に渡す気満々で、じっと私の動向を見守っている。意を決して大きめにフォークに乗せて口に運ぶ。

「どうだ?」

まだ口に入れたばっかりなのだが、噛んだ瞬間、ガリ、と音がした。
……卵の殻かな。
……いやまあ卵の殻くらいは。と思うのだが、なんか醤油っぽい味がする気がする。酸味も強いし、チーズの味は探さないと感じ取れない。どうして。

「52これ、味見、した?」
「いや……?」

なんでしないんだ。いや、料理ができない人間というのは総じて何故かレシピを無視するし、何故か味見をしないのだ。だからこういうことになる。私は泣きそうになりながら二口めを口に入れる。食べてみろ、と口を開けさせたら食べるのだろうけれど、彼は味覚がおかしいわけではない。必死に作ったものがあまり旨くない(しかもこれはホワイトデーのプレゼント)となればショックを受けることだろう。……ショックを受けることだろう。
後で、ジョーカーさんに、料理を作ったら必ず人にあげる前に味見をしろと言って貰えるように頼もう。それだけを決めて無言で食べ進める。さらにこれは蛇足だが、六号というのは目安として六から八人前とされている。私は一人しかいない。
52は期待の籠ったキラキラとした眼差しをこちらに向ける。
紫色が日を受けた水面のように光っている。
考えてはいけない。

「美味いか?」
「ん、うん。ありがとう」
「なあ、なまえ」
「ん」

深く考えたら負けだ。これは、そう、修行なのだろう。
私は極力余計な口は挟まず食べ進める。はやくジョーカーさんが帰ってきてくれたなら、私は私の用事を済ませて帰るのだけれど。

「お返し、お前にだけだからな」
「ん?」

52が何か言っている。
なんだって?

「お前にだけだ」
「うん、んん、ありがとう」

ガリ、とまた卵の殻に当たった。この男、なにに自信があって手作りの菓子なのだろう。これを乗り越えた先にあるものは何か。意義は? そんなものありそうにない。なんとか四分の一を口に入れて飲み込む。二日、三日あればなんとかなるかもしれない。兄にも手伝って貰えば確定二日か?

「……聞いてるか?」
「きいてる」

うん、効いてる効いてる。



なまえはいつもより言葉少なに黙々とケーキを食べてくれている。食べられる、ということはそれほど不味くはないのだろう。喜んでもらえているのかはいまいちわからないが、それでも無事に渡せてよかった。
兄貴がいない間に告白もしたかったけれど、時間切れだ。キッチンに入って来た兄貴はなまえを見るなり、に、と笑った。

「よう、なまえ」
「! ジョーカーさん。お邪魔してます」
「……」

なまえは何故かほっとしたように笑い返して、持ってきていた紙袋を持って席を立った。ああ、クソ、取られてしまった。そう言えば渡したいものがあると言っていた。CDを借りたとかそんなことだろうかと見守っていると、なまえはとんでもないことを言いだした。

「これ、バレンタインのお返しです。大したものじゃないんですが」

……は?

「菓子か?」
「はい。チョコレートケーキなんですけど」
「は!?」
「おーおー、また凝ったもん作って来たな。ありがとよ」

しかも手作り!!!

「おい!!!」
「ん、なに?」

今年は俺だって貰ってないのに! すかさずなまえの横に行って肩を掴む。

「俺のは」
「え、いや、だってこれ、バレンタインのお返しだし、52は別にくれてないじゃない。私から奪っただけで」
「うっ、でも、」
「じゃあ、これでもう用事は済んだし帰りますね」

兄貴は上機嫌に袋の中身を確認しているし、なまえはもう帰るらしい。晩飯とか食って行けばいいし、そうでなくても普通に遊んでいけばいいのに。引き留めようとする俺を掴んで引き剥がし、兄貴はポケットに入っていた車の鍵を取り出した。

「帰るのか。送ってやるよ」
「お、俺もっ」
「お前は後部座席な」
「なんでだよ、なまえの隣、」
「文句言うなら乗せねェ」
「このっ……!」

俺は急いでなまえに差し出したケーキを皿ごとラップに包んで渡した。なまえは変な顔をしていたが「アリガトウ」と笑っていた。……兄貴に向けていた笑顔とはやはり違うようで、俺は釈然としないけれど、兄貴と一緒にいるときのなまえの笑顔は大好きだから、斜め後ろからずっと眺めていた。いいな。学校では静かに大人しくという感じのなまえが、兄貴の横だと無邪気に笑っている。なまえはやはり、兄貴のような年上の、大人(俺はそうは思わない)の男が好きなのだろうか。ちくりと胸が痛むがこれは俺の兄貴なのだから、俺が及ばない理由はない、はずだ。
徒歩十五分の距離は車であれば五分程度。すぐになまえの家についてしまった。
なまえはへらりと笑って、兄貴に頭を下げる。

「ありがとうございました」
「なまえ」

兄貴は出て行こうとするなまえを手招きして近寄らせる。近い。割って入る為に座席から腰を浮かせる。のだが、一足遅かった。「なんです、」あ。

「またな」

ちゅ、となまえの頬の唇をつけてにやりと笑う。

「!?」
「っなあ!!?」

狭い車内で俺は後ろから兄貴に掴みかかる。

「なにしてんだ!!!」

なまえは口をつけられたところを手のひらで押さえて目を白黒させている。これだからこいつは! 他の女には見向きもしないくせにどうしてかなまえにだけこういう態度を取る。小学校中学校くらいまでは全然そんな感じでもなかったのに、高校に入ってからは距離も近いしボディタッチも多い。
なまえも驚いてはいるが嫌ではないらしく、頬を赤くして困っているだけだ。……俺がしてもきっと同じ反応にはならないとわかるところが余計にムカつく。

「ハハハ、挨拶だよ。普通だろ? じゃあな、なまえ」

また美味しいところを持って行かれてしまった。



ああ。吃驚した。
リビングに入ると、兄が何やら難しそうな海外の雑誌をそのまま読んでいた。私があまり学校に行っていなくてもそこそこ勉強ができるのはこの兄のおかげである。
下手をしたら私よりも細い体をこちらに起こしてひらりと手を振る。

「おかえり。ジョーカーに送ってもらったんだ?」
「ただいま。うん。そんなことより、ねえ、お兄ちゃん」
「なに?」

ついさっき起こったことをそのまま言うのは恥ずかしく、ややぼかして聞いてみる。

「ジョーカーさんって誰にでも挨拶とかってキスしちゃうの?」
「しないよそんなこと……」
「……ふうん」

なまえにだけじゃない? と言われてどういう感情になればいいのかわからない。兄的にはそれでオッケーなのだろうか。嫌ではないし、結局、会うとなんだかんだと甘やかしてくれるので安心して懐いてしまう。あれはあの人にとって適切な妹への対応なのだろうか。それとも別に意味があるのか。はっきりさせるのは怖くてこの話は終わっておく。
それよりも。
どん、とテーブルの上に抱えて持ってきたチーズケーキを置く。

「あとこれはお願いなんだけど」
「うん。なに? 僕にできることならなんでも」
「このチーズケーキを完食するの手伝って下さい、お願いします」
「これどうしたの?」
「52が作り出してしまったバレンタインのお返し」
「……美味しくないんだ?」
「まあまあまあまずは一口……」

鼻先まで持って行くと手でちぎって口に放り込んでいた。
ただでさえ光の少ない目から余計に光が消えていくのを見た。

「なんでこんな味になるの……?」
「それがわからない……」

あ、そうだ。お願いだから味見してって五十回くらい言って貰えるようにジョーカーさんに連絡しなきゃだ。


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20200305以下おまけ

「なあ」
「なんだよ」
「お前、あのチーズケーキちゃんと味見したか?」
「してない」
「練習は?」
「? してない」
「だからか。ホント、可哀想になあ……」
「誰がだ」
「なまえに決まってんだろーが」
「なんで」
「そんなもん自分で考えろボケ」
「美味いって言ってた」
「はー……、お前なあ……、本気でなまえのことモノにする気あるのか?」
「なっ、あ、ある! お前より全然、ずっと本気だ!」
「今日も告白失敗してるじゃねェか」
「し、失敗してない!」
「じゃあ、返事は?」
「……」
「ほらな」
「次は言う!」
「そうか。がんばれよ。振られたら慰めてやる」
「ふ、ふられねェ!」
(なまえのこととなるとすぐこれだから、あいつも迂闊な事言ったりしたりできねェの、いつになったらわかるんだか)

 

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